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第18話 小淘庵



 その後山縣は、男手一つで、松子を育てる事となった。使用人達がいるとはいえ、親は自分一人だ。

 現在、次女の松子は、華族女学校へと通っている。それが誇らしい。

 枢密院議長となりながら、この年には元老という制度が確立していたため、詔勅を受けていた山縣は明確にその一人となった。元勲優遇の詔勅だ。

 既に伊藤だけではなく、山縣も欠けてはならない存在となっていた。

 ――富貴楼には、妻を失った直後のあの日から、一度も足を運んでいない。

 山縣は、仕事に邁進していた。

 娘の事と仕事、その二つで精一杯の日々を過ごしていると、己の時間がほとんど無かった。友子の事を思い出す事も無かった。だがそれは、友子の事を単純に、片時も忘れた事が無いからであり、妻の存在はずっと胸を占めている。

「山縣君よ」

 そんな時、山縣の執務室に、ふらりと伊藤が顔を出した。顔を上げた山縣を見て、伊藤が苦笑した。

「窶れてる。また、働きすぎだ。休むという仕事を放棄しているようだけど?」
「――俺は、もっと働かなければならないんだ」

 それはあるいは、自分を保つために必要な事でもあった。だがそんな山縣は、傍から見ていても痛々しい部分がある。職場で凛としている山縣の固い決意と仕事ぶりは認めるしかないが、友子の葬儀に出た時の事を思い出す伊藤には、そんな山縣の姿が辛く見える。

「そういえば、大磯に別荘を建てただろう?」
「ん? ああ」

 山縣は、まだ友子が生きていた頃、大磯に別荘を建てた。伊藤達もそれに続いて別荘を持った事も聞いている。

「新しい息抜きの場所、仕事を休む場所を模索してみたらどうかな?」
「富貴楼で十分だ」
「足が遠のいているようだけどね? 最近山縣はどうしているのかと尋ねられたよ」
「……」

 何も答えず、山縣は書類に視線を落とした。

「あんまり無理をしないようにね。ほら、山縣は庭いじりが好きだろう? 別荘にももっと手を加えても良いんじゃないかな?」

 伊藤はそう言うと、執務室から出て行った。一人になった山縣は、それもそうだなと、漠然と考えた。庭の造園に触れていたら、一時でも――友子を失った辛さをぼやけさせる事が出来るかもしれない。友子の事は絶対に忘れられないが、喪失感の輪郭を曖昧には出来るかもしれない。それに、たまには、松子に違う風景を見せてやりたい。その準備のためにも、大磯へと出向こうか。

 山縣はそう思い立ち、翌日には大磯駅へと降り立った。

 小淘庵と名付けたその別宅に到着した山縣は、椿山荘ほどはまだ手を入れていない庭を見る。そこに広がる庭には、友子と見た思い出があまり詰まってはいない。それが、ある意味では優しかった。

 少し大磯という街を知ろうと思い立ち、道を歩く。そして茶屋を見つけて、中へと入った。二階に通されたので、お汁粉を受け取りながら、窓から顔を出して風景を眺める。

「山縣様?」

 聞き慣れた声がしたのは、その時の事だった。見れば隣の部屋から、山縣同様顔を出して外を見ているお倉がいた。外で会うのは初めての事だ。

「どうしてここに?」
「私もそろそろ隠居したいと思いまして、こちらに別宅を建てたんです」
「まだ早いだろう」
「私も良い歳ですから」
「――見た目は若いぞ」
「見た目だけは、女はいくつになっても美を追うものですからね。それが玄人です」

 その声に、山縣は久方ぶりに心から笑った。柔和な山縣の表情を見て、これまで客としてしか見ていなかったお倉は、初めてまじまじと、山縣という男を見る。歳を重ねたからというよりも、山縣には老成した気配が付きまとって見えた。初めて出会った時よりも、ずっと大人びて見える。当初など、お倉から見れば、まだまだ子供だったというのが実際の所だ。しかし今、隣の部屋から顔を出して笑っている山縣は、お倉から見ても、中身を含めて、良い男だと言えた。

「食事でもするか?」

 何気なく山縣が言った。特に深い考えがあったわけではない。お倉もまた、気軽に応じた。こうして二人は休憩茶屋を出て、料亭へと向かう。品のある和装のお倉と、袴姿の山縣は、明治の空気が溢れる街を歩いた。

「お倉は変わらないな」

 艶も色気も物腰も。山縣は本心からそう思っていた。
 同志のような友情のような、そんな感覚が、やはり付きまとう。
 お倉も同様の気配を感じ取っていた。

「山縣様は変わりましたね」
「変わりもする。俺も老けた」

 五十路も半ばに差し掛かっていた年である。夏のひと時、二人は強い日差しが窓から差し込む中で、よく冷えた刺身を口にした。




 ――日清戦争が起こったのは、その翌年の事である。

 山縣は、第一司令官となり、清国へと向かった。五十六歳になっていた。
 激しい檄を飛ばす事もあったが、日々少しずつ、頭痛が酷くなっていった。

 若く元気なものほど、命を落としていく前線を知りながら、体調が思わしくない己を呪う。病弱にも関わらず、誰よりも長らく生きている己を、内心で嘲笑う時すらあった。

 結果、十一月には体調不良が悪化し、十二月には天皇陛下に呼び戻された。この頃には、明治の陛下にとっても山縣は欠いてはならない存在だったのだろう。勅命により帰国したのだが、山縣は暫くの間、塞ぎ込んでいた。

 死について、考えていた。

 そんな時、松子の成長を見ては、いちいち歓喜の涙を流していた。山縣は、嬉しい時は素直に涙出来る。これは友子との夫婦生活の中で、覚えた事だ。

 そして時に大磯へと出かける。そこでは、こちらでも芸妓を呼んで商売をしているお倉に声をかけた。そうして二人で酒を飲む。三津菜が結婚したという話を聞いたのも、この頃だった。なんでも、山縣に面立ちが似た男らしい。山縣は結局彼女の想いには気づかないままだったから、笑って流した。

 体調が万全でない山縣だったが、二度目の元勲優遇の詔勅を賜った。監軍にも任じられている。伊藤も度々、山縣の元を訪れた。盟友、そんな言葉が相応しくなりつつある二人だった。大磯では、そんな仕事の話を、ポツリポツリと山縣はお倉に語った。

 娘の成長、仕事、政府の中枢、そして体調、消えない頭痛、少しずつ山縣の話す内容は広がりを見せていく。お倉は愛する旦那の亀次郎一筋で、伴侶に対する愛情の深さは、山縣とよく似ていたが、既に客という枠組みを超えて、ある種の友情を、彼女も強く感じ始めた。振り返ってみれば、話も合う。お倉もまた、店では無いからと、少しずつ自分の話を山縣に語るようになった。

「いつまでも塞いでいるわけには、いかないな」

 山縣が元気を取り戻したのは、明治二十八年になってからだった。お倉は笑顔で頷くと、山縣を応援するように、笑顔で大磯駅まで見送りに出た。

 この年の八月、山縣は日清戦争の恩賞として、侯爵に陞爵されたのだった。


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