第16話 元老の礎
――後の元老の礎となるのであるが、首相は名目上は、天皇陛下からの賜る職とされる。その際、天皇陛下は幾人かに、相談をしたり、逆に次の首相を上奏されたりした。
伊藤は首相経験後、次の後継として、薩長の平等性を問うために、黒田清隆を推した。しかしこの政権は、条約廃棄論で英国を脅そうという荒い大隈重信が外相だった為、当時枢密院議長をしていた伊藤が辞表を出した事で揺らぐ。黒田清隆内閣は、この一件で倒れる事となり、伊藤は薩摩藩閥の者達との間に、確執が出来た。
そんな中で、黒田清隆らは、次の首相に伊藤を戻すよりも――適任者と考える者がいた。それが、山縣である。黒田が内閣の者達の同意の元、天皇陛下に後任の首相として山縣を推挙した。
この知らせを、山縣は椿山荘の居室で最初に耳にした。
だが山縣は、すぐには引き受けなかった。
山縣は政党政治を支持していないが、今回の長州閥の伊藤と、薩摩出自の黒田や大隈との確執は、藩閥政治の危機でもある。ならば、傷つけた長州閥が首相の番とはいえ……と、考えると同時に、そもそも交互に首相につく必要性が本当にあるのかという想いも、山縣の中にはあった。
山縣は、今では大きな力を持つようになってはいたが、これでは伊藤の代打のようなものだ。それもまた、心の中で劣等感を擽る。
しかし何よりも、真に国を思う伊藤が、このように矮小な雑事で首相に指名されないというのも、あまり納得が出来ない。
折しも、日本国憲法が出来た年だった。
周囲は、山縣の決意を待っていたが、本来であれば、首相には伊藤こそがふさわしいというのは、山縣から見ると明らかだった。それが、薩摩の反感を買うという――権力闘争に由来するような、国を思う信念からかけ離れたような部分で、足を引っ張られたというのが、どうにも納得がいかない。
この頃には、一時は仮装等までした鹿鳴館外交はすっかり鳴りを潜めていた。代わりに、不平等条約への過激な論調が極まってもいた。山縣には、それも危険な考えを含んでいるように思える。大隈重信の事を思い出しながら、山縣は考える。
国外を明確に視野に捉え始めた瞬間でもあった。これまでは、桂太郎を清国に派遣するなどの、どちらかといえば、軍人としての視野の方が広がっていたのだが、外交と口に出して考える。
その後、山縣は決意し、内閣総理大臣の職を引き受けた。それは、力が欲しいからではなかった。無くなっていた。純粋な権力欲とは違う部分で、国を憂慮した結果だった。この第一次山縣内閣においては、外相には、腹心の部下である青木周蔵を据える事とした。ただし山縣も、藩閥政治のバランスを考えて、他の閣僚は薩摩だった黒田内閣の閣僚を多く採用する事と決めた。
本当にそれが正しいのか、山縣には分からなかった。しかし、政府の安定を考えた時、理想論ばかりでは事が運ばないと、山縣は次第に考えるようになっていた。
夢、信念、しかしそれらを、山縣は忘れる事は出来ないでいる。
そんな時、富貴楼へと足を運び、山縣は過去の回想に耽るようになっていた。
さて、明治二十三年。山縣は、第一回の総選挙を無事に終えた。七月の事だ。夏の熱気に汗をかきながら、大仕事を終える。目まぐるしく時は過ぎ、同じ年の十一月には、第一回帝国会議が開かれた。衆議院と貴族院があり、予算案などは双方の同意を得なければ成立しない。たとえば地租の事で、内閣と衆議院の野党の対立が激化する事もあったが――山縣はやりきった。解散する事もなく、議会をこなしていき、閉院式を迎えた明治二十四年に、山縣は薩摩閥の者達と話をする事にした。
「伊藤しかいないと思うんだ」
交互ではなく、国を思い――行動が出来る者。同時に、天皇陛下からの親任の厚さを考えても、次の首相は伊藤しかいないと、山縣は確信していた。薩摩の者達は、山縣の話に耳を傾けて同意してくれた。
しかし今度は、伊藤が引き受けなかった。伊藤の中では、未だに薩摩の者達に対して深い壁が出来てしまっているという想いが根強かったのだ。結果として、松方正義が首相へと就任した。
この頃になると、首相とは引退するものという風潮が出来ていたし、後任を引退する者達が天皇陛下に推挙するという流れや体制が出来つつあった。天皇陛下もまた、首相経験者を信頼するようになっていた。これらの流れが、元老という枠組みを築く大元となったといえる。
次第に山縣は、伊藤同様、天皇陛下から厚い信頼心を向けられるようになっていった。しかしここでも、伊藤という存在が壁となる。圧倒的に信頼されているのは伊藤であり、山縣は一番では無かった。宮内卿などを歴任した伊藤と己を比べるのも馬鹿げているかもしれないと考えはしても、山縣を劣等感が苛む。
親友で、互の信念を信じているからこその、苦悩だ。
首相がころころと変わるようになったのは、この頃だ。歴史の上で見れば、一瞬で顔が変わる。間を置き、繰り返して首相に返り咲く事も非常に多い。ただでさえ定まらない政府を、確固たるものにすべく、内閣制度が出来たというのに、結果はこれだ。
山縣は、倒幕と、内閣の転覆を、重ねて悪夢として見る日が増えていった。
夜、嫌な夢を見て飛び起きる。汗をびっしょりとかいていた。そして隣で眠る穏やかな友子の顔を見ては、現実に帰る。頭痛がした。現状に頭が痛いだけではなく、身体的に偏頭痛を感じる日が増えていく。そんな時、友子がいてくれるから、辛うじて心の平穏を保つ事が出来た。幸い、次女の松子も健やかに育っている。だが、第七子も失った。
山縣には、八歳以上まで生きた子供は、松子しかいない。三男四女が生まれたというのに、皆病死した。友子は、今年で四十一歳だ。
己が老けたなと山縣は感じる。しかし友子に対しては、そうは感じない。より優しさが増したなと考えるだけだ。二の腕の柔らかな感触を確かめる時には、心が通じ合うような愛情を感じる。大切さを痛感するのだ。
しかし、山縣が仕事で家を空ける事が重なるようになってから――友子は、少しだけ変わった。仏教に縋るようになっていたのだ。
山縣がそれに気づいたのは、久方ぶりに富貴楼に泊まり、帰ってきた朝の事だった。椿山荘の一角から念仏が聞こえてきたのだ。愛する妻の声に、最初山縣は首を傾げた。
「友子?」
一心不乱に祈っている友子に、その読経が一区切りしたのを見て、山縣は声をかけた。すると友子は泣きはらしたような顔で、山縣を見た。
「あなた……」
疲弊している様子の妻は、多忙でこれまで気付かなかったが、明らかにやせ細っていた。それを認識して、山縣は狼狽える。
「友子、一体どうしたんだ?」
「そばに、そばに子供達が、降りてきてくれる気がするんです。だから、祈りたくて」
その言葉が、山縣の胸を抉った。ここの所、仕事に明け暮れていて、友子と深く話をしていなかった事を実感する。いつも彼女の笑顔を見たいはずで、それを己の手でもたらしたかったはずなのに、山縣はいつしか広がっていた友子の闇に気がつかなかったのだ。そんな己を悔いて、衝動的に山縣は友子を抱き寄せた。強く腕を回し、彼女の後頭部の髪に手を添える。
「もう嫌。嫌なの。どうして、どうして――いつか、松子まで。ああ、お祈りしないと。仏様に助けてもらわないと、お願いしないと」
夫である自分ではなく、御仏に縋る妻の様子に、山縣は背筋が冷えた。
「友子、俺がいるから」
「辛いの」
――友子が宗教に没頭していると気づいた山縣は、なるべくそばにいたいと思った。だから、多忙な政府の仕事の合間を縫って、帰宅を早める。寄り添うように、山縣は友子の横に座るようになった。しかし友子は、日に日に仏教にのめり込んでいく。
その姿を見るのが、いつしか辛くなった。
山縣は、そんな時、ふらりと富貴楼へと足を運んだ。そして、お倉に静かに零す。他の誰かには、愚痴など漏らした事は無い。お倉だけが、特別だった。
「俺は、妻に何をしてやれるんだろうな」
「――私から見れば、そうしてたった一人として愛される事が幸せに思えますよ。それも誠実な山縣様に、これほどまでに想われておいでで」
「そうか? 俺は自分が不甲斐ないぞ。妻の抱える辛さに、気づいてやれなかった」
「私の亭主なんて、遊びほうけていますからねぇ」
お倉が慰めるように、苦笑しながら言った。しかし山縣は、慰めを求めているわけではない。それはお倉にも分かっていた。山縣は、誰かに吐露したいだけだ。独白じみた山縣の声を何度も脳裏で反芻しながら、お倉は静かに続ける。
「山縣様は、本当に大切になさっておいでだと思いますよ。決して、山縣様が悪いわけではありません」
「どうだろうな」
山縣は、幼少時の事を思い出していた。母の死、そして成人してからの、父や祖母の死。思い返せば戊辰戦争などなくとも、山縣の周囲には、死臭が溢れていた。
元勲と称されるようになった山縣であっても、決して人間味は姿を消してはいない。それを知る人間は非常に少なかったが、お倉は感じ取っていた。
人間の脆さを、山縣は本人の経験から、誰よりも正確に認識している節がある。だからこそ、その人間の集合体が形成している集団、内閣の骨組みがまだ不安定である事を実感しているのかもしれない。山縣は堅実に見えて、その実繊細だと、お倉は考えている。
この日の山縣は泣かなかった。最近では、そもそも山縣は涙をこぼさない。再び富貴楼は、休むという仕事をする場――と、話をする場に変わっているようだった。
国の未来を担うとされ、黒幕とまで新聞で称されるようになった山縣の弱さを垣間見る時、お倉はこの国の黎明期が過ぎ去ろうとしている気配も同時に感じ入る。悩む時間や余裕が生まれつつある政府は、お倉から見れば、既に輪郭がはっきりとして思えた。山縣は過度に不安になっているように思える。それは、富貴楼に来る者達が、自由民権運動や政党政治に異を唱える山縣を批判していく時にも感じる事ではあった。しかしそこにある苦悩を知り得る己が、少しだけ誇らしい。
こうしてその日も、富貴楼の夜は更けていった。