【三十一】完璧
このように――とにかく、山縣は完璧だった。
「お前にとって、洗濯というのは、洗濯機に服と洗剤を放り込むだけなのか?」
僕は口ごもる。
他にも、掃除をすれば呆れられた。
「朝倉。お前と俺では清潔の概念が違うらしいな。俺は埃一つでも気になるし、分別されていないペットボトルなど論外だ」
言いながら、いずれも山縣は、僕の前で完璧にやり直した。
だから僕は、言葉を失ってばかりだった。
これで山縣が口だけならば、僕だって反論のしようもある。だが、違うのだ。山縣は、僕の目の前で、完璧にこなして見せる。
本当に僕には、出来ることが何もない。
自分が不要だと、見せつけられる毎日だ。
「ね、ねぇ山縣……? せめて家事だけでも僕にやらせて?」
「できない人間になにをやらせろというんだ?」
「頑張るから」
「勝手にしろ」
その内に、山縣は僕を捜査に伴わなくなった。
気づくと山縣は家にいなくて、僕が目を覚ますと家が無人である事は、珍しくなくなった。
この日も――僕はシチューを作り、テーブルの前に座っていた。
小麦粉と牛乳を混ぜる間は、終始鬱屈とした気分だった。
既に午後の十時だが、山縣が帰ってくる気配はない。
「今日は、どこの捜査に行ったのかな……」
助手であるのに、僕はそれすらも教えてもらえなかった。
さて、この日帰ってきた山縣の肩を見て、僕は濡れている事に気が付いた。
本日は、雨だ。
「おかえり、山縣。どんな捜査だったの?」
僕は体が冷えているだろうと考えて、珈琲を淹れた。
ソファに座った山縣にそれを差し出すと、顔を背けられた。
その視線を追いかけて、僕はチェストの上を見る。
そこには、僕が買ってきた青い花が飾ってある。
僕は花が好きだ。
山縣が僕に対して文句を言わないのは、僕が花を飾る事と、僕の淹れる珈琲や紅茶に関してだけだ。
「別に。俺がどこに行こうと、勝手だろう」
「教えてくれてもいいだろ? 僕は助手なんだよ?」
「――今日は、捜査じゃなかった。話す事は何もねぇよ」
「へ? あ、ああ、ごめん。プライベートって事か……」
山縣にも遊ぶ友達がいるんだなぁと漠然と思い、僕は少しだけ驚いた。
きっと友達には心を開いているのだと考えると、チクリと胸が痛んだ。助手である僕は、所詮、運命や絆で結ばれているといっても、山縣にとっては役立たずの他人なのだろうと思い知らされた気がした。