【二十八】皿洗いすらできない僕
山縣の言葉に俯きつつも、僕は作り笑いを頑張った。
その後一人でナイフとフォークを手にし、山縣が食べ始める。
僕は己の作った肉じゃがを口に運ぼうとしたけれど、食欲がうせてしまって、食べる気が起きず、しばしの間器を見つめていた。調理実習でいくら褒められても、完璧な山縣の前では、この肉じゃがはある種のゴミと同一なのだろう。僕は食物は大切にすべきだと思うけれど、嫌いなものは強制できない。ゴミにしてしまったのは、僕の失態だ。
終始俯いていた僕は、皿洗いを申し出ようと思っていた。
そんな山縣が改めて箸を手にしたのは、最後の頃だった。
「食材には罪はないからな」
山縣はそう述べると、冷めきっている肉じゃがを、また数口食べた。
その気遣いは、嬉しくもあり、辛くもあった。
ただ、山縣も食べ物に対しては、僕と同じ価値観を有しているのかもしれないと、少しだけ前向きに考える。そこで山縣が再び箸をおいたタイミングで、僕は勇気を振り絞り、努めて明るい声を放った。
「あ、あの! 僕は皿を洗うよ」
「できるのか?」
「うん」
「――そうか。じゃ、頼んだ」
こうして食後、僕はお皿を水で流し、食器洗い機へと入れた。
するとやってきた山縣が僕に対して怪訝そうな顔をした。
「おい」
「うん?」
「俺は流し台に水を飛ばして汚しているようにしか見えないが、どこをどうきり取れば、皿洗いが出来るということになるんだ?」
「っ」
「もういい俺がやる。本当に役立たずだな」
冷淡な声音でそういうと、山縣は僕の体を軽く突き飛ばした。
よろけてから、僕は渋々とリビングへ戻り、ソファに座った。
そして見守っていると、山縣がお皿をピカピカにした上で食器洗い機へと収納し、その時には流し台もHIのヒーターの周囲も完全に綺麗になっていた。
「明日には出ていけ。お前はただ邪魔なだけだ」
山縣はそういうと、二階へと向かっていった。
階段を上る足音が、遠ざかっていく。
僕はそれまでずっと上辺には笑顔を浮かべていたけれど、一人になった時、思わず唇を噛んだ。上手くやっていける気がしない。無表情になり、僕は嘆息した。けれど長めに瞬きをしてから、首を振る。
せっかく、見つかった運命の相手だ。僕だけの探偵、それが山縣だ。
そうである以上、僕は助手として、できる努力をしていきたい。
心を開いてもらうために。そのためには、自分にできる事を見つけていきたい。
「うん、まだ初日だしね。これから少しずつ、歩み寄っていけるよね」
一人そう呟き、僕は自分を鼓舞してから入浴した。