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【二十六】新しい家


 指定された場所に行くと、三階建ての一軒家があった。四角いフォルムと灰色の壁を見てから、僕はエントランスへと向かう。鍵を回してから、僕はそっと扉を手で押した。カードキーよりもセキュリティ性が高い最新の鍵だと分かる。

 玄関には背の高い観葉植物と、傘立て、その隣に収納スペースがあった。僕は靴を脱いで、中に入る。傍らにあったスリッパを見て、一足手にした。

 人の気配はしない。
 山縣正臣は、これから来るのだろうか?

 そう考えながら、歩いていくと、右手に浴室と洗面所、トイレがあり、正面はリビングに続いていた。象牙色のソファを一瞥してから、僕は広がっているアイランドキッチンを見る。

 料理をはじめとした家事は、多くの場合助手の仕事であるから、これから僕はここで色々なものを作るのだろう。

 山縣は果たして、気に入ってくれるだろうか?

 リビングの奥にはピアノがある。

 逆側の壁には、二階へと続く階段があった。生活感がまるでないその家で、僕はまず珈琲を淹れた。そしてゆっくりとソファに座った。

 エントランスのドアが開く音がしたのはその時で、何気なくそちらを見ていると、俯きがちに山縣が入ってきた。

 顔を上げた山縣は立ち止まると、顎を少し持ち上げて、忌々しそうな顔で僕を見た。

「お前が俺の助手か?」
「あ、うん……朝倉水城と言います」
「出て行ってくれ。俺には助手なんて不要だ」

 冷ややかな声音だった。
 端正な顔で睨まれると、迫力がある。

 一方の僕は、息を詰めてから、必死で笑顔を浮かべた。

「何か僕にもできる事があると思うし、その……これから、よろしく」
「できる事? 何か一つでも、お前に俺よりできる事があるのか?」
「え……? ええと……――夕食は食べた? 何か作ろうか?」
「お前は料理が出来るのか? とてもそういう手をしているようには見えないが」
「一応、一通りの料理は覚えているよ」
「一応、か。俺の嫌いな言葉だ。やるのならば完璧をせめて志せ」
「っ」
「俺は風呂に入る。その間に出ていけ」

 ブレザーのネクタイを緩めながら浴室へと向かっていく山縣を眺め、僕は俯いた。出て行けと言われても、全寮制だった学園には、もう僕の部屋はないし、実家に帰るとなると、既に飛行機がない。

 溜息をつきつつ、少しずつ慣れていこうと考えて、僕は夕食を作る事にした。

 冷蔵庫から材料を取り出し、この日僕は、肉じゃがを作った。


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