【十九】フェリーの出航 ―― 有名探偵とその助手 ――
快晴の空の下、ゆっくりとフェリーが出航した。
三階にある客室に荷物を置いた僕達は、夕食まで時間があるからと、デッキに行ってみる事にした。僕のたっての希望であり、山縣は気怠そうにしている。フェリーでの旅路は、まる一日かかるとの事だった。
潮風が僕の髪を攫っていく。白い海鳥が空を飛んでいる。
次第に陸地から離れていき、一面海しか見えなくなった。
青い水面には時折白い波が立っている。
デッキには、僕達の他にも大勢の探偵と助手の姿があった。皆、考える事は同じなのかもしれない。せっかくの船旅であるから、海の風景をみたいのは分かる。
その場がざわついたのは、僕が海をまじまじと見ていた時だった。
なにごとだろうかと振り返ると、丁度二人の青年が歩いてきた。
僕もまた驚いて目を丸くする。ざわめきの理由はすぐにわかった。
ゆったりと左側を歩いているのは、Aランク探偵として有名な御堂皐月だ。本物だ。顔の造形だけならば山縣も勝てるかもしれないが、その部分以外比較しようがない、完璧な探偵である。先日もテレビでモニター越しに見たばかりだ。
その隣には、御堂さんの助手の高良日向の姿がある。こちらは、実は僕の高等部までの同級生でもあったから、顔見知りではある。あまり親しかったわけではないが、それなりに話をした回数は多い。隣の席だった事もあるし、お互い高ランクの助手だったため、小学校からずっと同じクラスだった。
助手としての技能の成績は僕の方がよかったのだったりする。
けれど、バディを組む探偵によって、助手は能力を生かせる事もあれば、生かせない事もある。
それが全てだから、学校の評価がいくらよかったとしても、それは探偵と出会った時からほとんど無関係になる。今では、僕よりも日向の方が、ずっと立場は上であるし、皆に尊敬されている助手であるのは間違いない。
歩いてくる二人を思わず見据えていると、日向が僕に気づいたようで、目を丸くした。
息を飲んでから、日向が御堂さんの腕の服を引っ張った。
すると何事か話しながら、二人がこちらへと進路を変え、歩いてきた。
元同級生だから、挨拶してくれるという事なのだろうかと考えつつ、僕は隣を見る。
山縣は海を見たまま、ぼんやりとしている。
一度は気のせいかとも思ったが、人気者二名はまっすぐにこちらへとやってきた。
いつもテレビで見ている二人の姿に、僕は憧れもあって、体を強張らせつつ、緊張から無理やり笑顔を浮かべる。僕は作り笑いがそれなりに得意だ。
「久しぶりだね、山縣」
立ち止まった御堂さんから放たれた言葉に、驚いて僕は目を見開いた。
すると漸く気づいたようで、山縣が片眉を顰めて、静かに振り返った。
黒いネクタイが揺れている。シャツは幸い、僕がアイロンをかけたのでピシっとしている。それはジャケットも同じだ。周囲がこちらに注目しているのがよく分かったので、僕は外見だけでも整えてきてよかったと、ホッとしてしまった。
「話しかけるな」
しかし山縣はいつも通りの、厚顔不遜な態度だった。