【十六】時折見る夢 ―― すぐに忘却する雨 ――
しかし梅雨時とは、嫌な季節だ。いいや、梅雨でなくとも、僕は雨が降ると、時折同じ夢を見る。連続性はないのだけれど、僕は同じ夜の街に立っている。誰かが先を歩いているのだけれど、その顔ははっきりしない。
はっきりしているのは、僕の足元に、黒い仔猫の姿があるという部分だ。繰り返し、この夢を見る。僕は夢の中で、この仔を助けたい、と、強く想っている。なのに僕は知っている。その猫は、亡くなってしまう事を。それを、先を歩く誰かが、酷く悲しんだはずだという事を。その日は、小雨が降っている。そして、僕は大抵の場合、そこで飛び起きる。この夢には続きがあるはずで、何故亡くなるのかも夢で見ている気がするのだけれど、目を覚ますと曖昧になってしまい、僕はその部分を思い出す事ができない。
「また……見ちゃったなぁ」
夢なんて漠然としたものであるし、日中残差の影響だって色濃いだろうから、特別この夢に意味はないのかもしれない。けれど飛び起きた場合、僕はいつもびっしりと汗をかいている。
手を伸ばしてスマホを手繰り寄せれば、時刻はまだ午前四時だった。起床するには少し早いけれど、眠れそうにもなかったので、僕は軽くシャワーを浴びる事にした。
温水が、僕の茶色い髪を濡らしていく。頭からシャワーのお湯をかぶっていると、汗とともに怯えや疲労も溶けだしていく気がした。入浴後は髪を乾かし、僕は少し早いが朝食の準備に取り掛かる事に決める。
「今日は洋食にしようかなぁ」
洋食とはいっても、日本風にアレンジされた、家庭料理の一つだ。
山縣は何故なのか、僕に家庭料理を求める事が多い。山縣の生育環境や家族構成すら僕は聞かせられていないから、漠然と、幼少時にあまり食べなかったなどの理由で、恋しいのだろうかと考えている。
冷蔵庫を開けて、僕は赤いパプリカを取り出し、まずはサラダの用意をした。
他にはズッキーニを焼き、ふわふわのスクランブルエッグを作る用意する。
山縣が起床する頃に、最適な状態になるように、僕は心掛けている。
「あとは、少し作り置きをしようかな」
そう呟いてから、僕は鶏ささみとキュウリの梅和えなどを作り始めた。そうしていると時間はあっという間に過ぎていき、山縣を起こす時刻が訪れた。そろそろまた、犯罪・事件マッチングアプリで、次の依頼を探さなければと思案しつつ、僕は毎日の通り、山縣の部屋へと向かい、ドアの前で一度天井を見上げた。
僕は事件が起きてほしいわけではないし、山縣がいつか言っていた通り、身の危険を感じたいわけでもない。それでも――……。
「山縣の活躍が、僕は見たいなぁ」
思わず独り言ちてから、僕はドアをそっと開けた。