【九】猫探しの依頼のキャンセル ―― 探偵の進路 ――
「すみませんねぇ、今朝ひょっこり戻ってきたんですよ」
依頼先に行き、依頼主の腕に抱かれている猫を見て、僕は肩を落とした。ただ、猫が戻ってきたのはよいことなので、自然と僕の両頬は持ち上がる。
「よかったですね。では、僕達はこれで」
そう告げてから、僕は山縣を見た。
「ほら、行くよ」
「――ああ」
一拍の間を置いてから、興味がなさそうに山縣が頷いた。
僕が歩き出して、車の運転席をあけると、山縣は助手席に乗り込んだ。山縣の一張羅は黒いスーツだ。本日、シャツに皺がついていないのは、僕がアイロンをかけたからであるし、ネクタイがピシっと締められているのは、僕が結んだからだ。山縣は一人だと、いつもよれよれの状態である。
車を発進させて、僕は溜息を胸中で押し殺す。
せっかく見つけた依頼がダメだった現在、次のあてもない。
「山縣もさ、ちょっとは依頼を探してくれないかな?」
「なんで?」
「なんでって……ポイントは2のまんま、探偵ランクは最下位……ちょっとはどうにかしようと思わないの? 逆になんで思わないの?」
「事件を解決したっていい事なんか何もねぇよ。俺はそれよりも、平穏な生活を望む」
「じゃあなんで探偵になったの?」
「なりたくてなったわけじゃねぇから」
「へ?」
探偵のプロフィールは、最重要極秘機密であるから、助手にも開示されない。
よって、本人から聞く以外、知るすべはない。僕はてっきり、山縣は探偵学科をなんとなく卒業した平々凡々な探偵だと思っていた。
探偵学科には、探偵才能児でなくとも、ほぼ一般人といえるような、探偵知能指数が少し高いだけの人間も進学可能だ。
逆に言うとその指数が高ければ入学できるので、EランクやDランクの探偵は、とりあえず大学卒業資格を得るためという理由で進学する事も多い。
なお、その後は探偵を副業として、他の仕事をしているパターンばかりだ。
だからコンビニのアルバイトで生計を立てていた過去がある山縣は、てっきりそのタイプだと、僕は考えていた。