【八】寝起きと朝食 ―― 美味しいという断言 ――
次の仕事は、山縣を叩き起こす事だ。山縣はどんなに轟音がする目覚まし時計をかけても、アラームをかけても、僕が起こさないと起きない。聴覚に困難があるのか疑うほどだが、日常会話はできるのだから、単純に寝穢いだけだろう。
一応ノックをしてから、山縣の部屋の扉を開ける。
山縣の部屋には、巨大なセミダブルのベッドしかない。だからこの部屋のみ、山縣がいても綺麗だ。余計なものを置かなければ、山縣も汚さないのである。
「山縣、朝だよ。起きて」
「……」
「山縣!」
端正な顔立ちの寝顔を見る。瞼はピクリとも動かない。山縣は、思いのほか長い睫毛を揺らす事もせず、ただ寝息はたてずに眠っている。
「山縣!」
「……」
「朝だって言ってるだろ!」
「……うるせぇな」
「!」
僕の腕を取ると、山縣がベッドに引きづりこんだ。護身術を極めているらしく、抱きこまれた僕は必死に押し返そうとしたが、全然体が動かなくなってしまった。
「山縣!」
思わず僕は、目を閉じたままの山縣を睨んだ。週に一度は、僕はベッドに引きずり込まれている。
「起きろ!」
「あ? ああ……なんだよ、朝倉?」
やっと起きた山縣が、僕を放して、僕の両側に腕をつき、体を浮かせた。押し倒される形で、僕は山縣を見上げた。山縣は僕を睨むように見て怪訝そうにしている。その顔を見据えてから、僕は素早く腕から抜け出して床に降りる。
「だから朝だって言ってるよね? ご飯が出来てるよ!」
「おう……おはよ」
「おはよう! さっさと着替えて! 今日は猫探しだからね!」
僕は強い口調でそう告げてから、リビングへと戻った。
着替えてから、山縣が顔を出す。
欠伸をしている姿を、僕は半眼で見守る。
だがすぐに、山縣はローテーブルの上を見て目を丸くし、それから嬉しそうな顔をした。
「美味そう」
「見た目もいいけど、味もいいと思うよ」
「思う……か。俺が代わりに断言する。美味いよ、朝倉の料理は」
「な、なんだよ。改まって……いいから、食べて。仕事があるんだからね!」
僕はそう告げ手を合わせた。
山縣も席に着くと、箸を手にして食べ始める。
美味しそうに食べてくれる穏やかな瞳の山縣を見ていると、結局は嬉しいし、仕方がないなぁという心地にさせられる。ただそれは、決して悪い気分ではなかった。