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9 Caseエビータ⑨

 地下倉庫で待機していたキャトルが、満を持して走り出た。

「助けて~! 幽霊が! 幽霊が出たぁぁぁ」

 数人ずつ集まって小声で話していたメイド達の肩が一斉に揺れた。

「あ……あんた! どこにいたのよ! 大変なことになってんのよ」

「地下倉庫よ。新しいタオルを取ってこようと思って……。出たの! 見たのよ私! 幽霊がいる! 幽霊がいたのよ!」

 キャトルは大声で喚き散らした。
 その言葉にメイド達が悲鳴を上げ始める。
 衛兵に呼ばれてエビータの部屋に向かおうとしていたメイド長が駆けつけた。

「何事ですか! 静まりなさい! 黙れ! うるさい!」

 メイド長もかなり取り乱している。
 そんなメイド長のお仕着せにしがみついて倒れ込みながらキャトルが言った。

「メイド長、出たんですぅ~幽霊ですぅ~俺は絶対に奥様ですぅ~怖いですぅ~」

 新人メイドの言葉にビクッと体を震わせたメイド長だったが、彼女の矜持が踏みとどまらせた。

「何をバカなことを! 落ち着きなさい。みんなも無駄口をやめなさい! 仕事よ! 仕事を始めなさい!さあさあ早く動くのよ」

 手をパンパンと鳴らしながらテキパキと指示を出していく。
 のろのろと動き出すメイド達を見ながら仁王立ちするメイド長の足は震えていた。

「さあ、あなたはこっちに来なさい」

 そう言ってキャトルの肩をつかんだ。

「ホントなんですぅ。ホントに見たんですぅぅぅぅ」

 キャトルは目に涙を浮かべながら震えて見せた。

「いいから! はやくこちらに来なさい!」

 メイド長は引き摺るようにキャトルを連れ去った。
 その背中に衛兵が声を掛ける。

「メイド長、家令が呼んでいるんですよ?」

「ああ、そうでした。私としたことが……この娘を落ち着かせたらすぐに伺いますから。あなたは持ち場に戻ってください」

「わかりました」

 衛兵はエビータの部屋に向かった。
 メイド長は掴んでいたキャトルの肩を離す。

「あなた、名前は?」

「ダリアです」

「そう、ダリアだったわね。ごめんなさいね、少し私も混乱していて。名前を忘れるなんて有り得ないわ」

「いいえ、そんなことないです。こんな状況ですから」

「ありがとう、そう言ってもらえると助かるわ。それで? 何を見たの?」

「奥様の幽霊です。真っ白な寝間着で立っていて、目が……目が無かったんです。ぽっかりと空洞のように大きな穴が……怖いですぅぅぅぅ」

「そう、そうなのね。でもそれは幻よ? 幽霊なんていない」

「でも見たんです」

「いないの。いないのよ! そんなものは存在しない!」

 まるで自分に言い聞かせるようにメイド長の口調が強くなった。
 大人しく引き下がるキャトル。

「わ……わかりました。きっと見間違いですよね……」

「そうよ、見間違いよ。そんな事よくある話でしょう? だからこれ以上噂にならないように口を閉じなさい。わかりましたか?」

「はい、メイド長」

 キャトルは深々とお辞儀をして踵を返した。
 洗濯室に戻ったキャトルをメイド達が取り囲む。

「見たの? 本当に見たの?」

「うっ……そう思ったんだけど勘違いだったみたい。見間違いだってメイド長が仰ったわ。だから……」

 キャトルはその場でしゃがみこんで泣き始めた。
 その様子を天井から見ていたサシュは思った。

(絶対あれは何も浮かばなくて泣いて誤魔化すってやつだ。女の武器?ぷぷぷ!似合わねぇ~)

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