第十七話 【帝国】
「宰相。増援部隊は?」
「昨日、帝都を出ました。まもなく、攻略を開始するでしょう」
「そうか・・・。後継者争いが起こる前に、考えなければならないな」
「まだ、その・・・。お言葉は、些か早いように思えます。殿下が、魔王を討伐して」
「宰相。そちも、解っているのだろう?」
「はっ。陛下。ギルドからの申し出は?」
「本部から来るのであろう?会わないわけには行かないだろうな」
「はっ。日程の調整を行います」
「討伐部隊と増援部隊の結果が出てからになるように調整してくれ」
「かしこまりました」
宰相が、余に頭を下げてから、執務室から出ていく。
第一王子が裏切っている。この情報が、7番隊からもたらされた。これが、他の隊からの報告なら、余は信じなかっただろう。7番隊は、この大陸の全ての者が、余から離れても7番隊だけは残ると思って間違いではない。だからこそ、余も7番隊からの報告を受けて、善後策を考えた。
それが、魔王を使っての”事故死”だ。暗殺では外聞が悪い。病死でも同じだ。魔王と戦っての名誉の戦死なら、第一王子を担ごうとしている者たちも納得するしかない。弔いを行うのなら、自由にやらせられる。なんと言っても、相手は”魔王”なのだ。
魔王の調査に向かわせた部隊が、魔王を討伐してきてしまった。
そして、次の魔王もギルドに調査を依頼したら簡単に討伐されてしまった
しかし、新たな魔王が産まれた。
この魔王は、異常だ。最初の動きこそ、今までの魔王と違いは無かった。ギルドからの報告や、帝都の奥底に眠る資料と照らし合わせても異常では無かった。そのために、通常の魔王討伐と同数を第一王子に与えて、討伐の命を発布した。第一王子は、これで自分の足元が固まるのではないかと思わせることに成功した。愚かだ。余も、親だ、第一王子をむざむざ”魔王に殺させたい”とは思わない。しかし、子供の命と臣民たちの命。天秤にかけるほど愚かではない。それに追従する愚か者たち。全て、業火で焼き殺してしまいたい。
余の代で、帝国が滅ぶかもしれないな。
今回の魔王への対応を間違えれば・・・。
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「どうだ!」
「・・・」
「どいつも、お前たち!簡単に突破できるのでは無かったのか!」
魔王討伐部隊は、魔王城に作られている、第三の門(門の中に作られている門)の突破が出来ない。
魔王が仕掛けた罠に苦戦をしている。
すでに討伐隊は、三桁に届きそうな犠牲者を出している。
しかし、魔王城の中に入っているとは言いにくい。
討伐隊の隊長を務めているのは、帝国の第一王子だ。自らのプライドと今後の為にも、魔王の討伐は必須だと考えている。自分を支援する者たちの為にも、そして対抗組織を黙らせるだけの実績が必要になっている。
「殿下」
「どうした!?」
天幕の前で、止められて、身元の確認が終わると、天幕の中に駆け込んできた。騎士の一人で、後方の巡回に向っていた。
「はっ帝都から、食料と攻城兵器を持った、増援です」
「増援?貴様たちの誰かが、申請したのか?」
天幕に居る者たちは皆が首を横に降る。
定期報告は、送っている。物資の要求はしたが、7番隊の者たちが、輜重兵を引き連れて、森の外側で待機しているために、前線に送られてくる物資が不足していると報告を上げている。事実とは異なるが、”門で立ち往生しているから助けてくれ”とは報告を上げられない。
騎士たちも、殿下を支持する貴族や商人から武装を提供させている。騎士を貸し出すという体で、無理やり出させた。近衛を連れてくる選択肢も有ったのだが、第15番隊の隊長が反対した。どこに、他の王子や王女の刺客が潜んでいるかわからない。だから、殿下が信頼のおける者から出させるべきだというわけだ。
「殿下。7番隊が」
「それはない。奴らが、王家に逆らうはずがない!そうだ!増援はどの部隊だ!」
「はっ5番隊です。隊長自らです」
「何?5番隊が帰ってきていたのか?」
「そこまではわかりませんが、2ヶ月分の物資と武器防具と一緒に来られています」
「そうか・・・。5番隊なら、公爵が手配したのかもしれないな。ふむ・・・。それだけか?」
「いえ、物資の搬送に、15番隊が一緒です。15番隊の隊長もご一緒です」
「なに!隊長が?本当か?」
15番隊の副長が、先触れの代わりに伝言をしている騎士に掴みかかりそうになる。
「はい。私は、先触れの者から伝言を承っただけです」
「そうか、わかった。下がって良い。巡回の任に戻ってくれ」
「はっ」
騎士が頭を下げて、天幕から出ていく。
「どういう事だ?」
「殿下。私には、何も・・・。隊長が、帝都を離れるとは・・・」
増援の必要性は感じていたが、5番隊が出てくるとは思っていなかった。
「5番隊が居れば、門の突破は成ったも同然。それに、隊長が来られたのなら、奴隷たちの統率も強化されます」
5番隊は、攻撃力という一点で、帝国では随一だ。防御には弱く、拠点防衛などは苦手としている。15番隊が奴隷を使った拠点防衛や遅滞戦闘を行う。2つの同じ奴隷を使う戦術を使う、戦術が違う、5番隊と15番隊が共闘して多くの敵を屠ってきた。
15番隊の隊長が、帝都から出てこないのは、15番隊の全ての奴隷が、15番隊の隊長が奴隷にした者だ。15番隊の隊長が死んだ場合には、奴隷を縛っている拘束が弱まってしまうからだ。それ以外にも理由があるが、帝都から出てこなかった。5番隊の隊長に言われて、魔王城の攻略に乗り出したのは、使っている奴隷の統率を隊長が強化するためだ。
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(え?)
(5番隊?それに、物資も多い)
隠れて、様子を見ている7番の目は、赤で統一された鎧を身につけて居る者たちが、森に入っていくのを見送った。
「残った輜重兵は、荷物をまとめろ」
「よろしいのですか?」
「よろしくないかもしれないが・・・」
「輜重兵の副隊長様」
いきなり後ろから声をかけられた。
気配を感じていなかったために、大きく飛び退いて、声がした方向を睨む。
「失礼。ギルドからの使いです」
「貴様は、ボイドだったな」
「はい」
「それで?」
「7番隊の隊長からの書簡をお持ちしました」
「え?隊長から?」
「はい。今頃は、他の7番の目にも、書簡が届けられていると思います」
「・・・」
「どうされたのですか?」
「いや、わかった。隊長は、何か言っていたか?」
「なにも、貴殿たちに、書簡を渡して欲しいと・・・。それから、全員は、私たちは把握していないとお伝えしましたら、殿下のお側に居る方には、7番隊が動くとおっしゃっていました」
「そうか、ギルドは帝国に敵対しないのだな」
「いえ、違います。我らは、どこの国とも敵対いたしません。我らは、民の国の礎になる者たちのための組織です」
「嫌味を言うつもりはない。すまない」
「いえ、いいのです。実際に、民を見捨てた国や民を選別する国とは敵対関係にあります」
「・・・。書簡。確かに受け取った。感謝する」
ボイドと名乗った者は、頭を下げてから、後ろに下がると姿を消した。
(不思議な組織だ。なぜ、同じようなスキルを持った者が集められるのか?)
受け取った書簡には、撤退の指示が書かれていた。
撤退の準備はしていたが、隊長からの指示があり、輜重兵をまとめて帝都に帰ることが出来る。
(物資は、また集めればいい。皆が生きて帰られることが大事だ)
(陛下は、殿下をお見捨てになったのだな)
目として、いろいろ見てきた。
耳として、いろいろ聞いてきた。
殿下を無事に帝都に連れ帰るというミッションを中断したことになる。
それは、陛下が7番隊に命令していたことだ。殿下を罰するだけの証拠が固まってしまったことを意味する。
(しばらく、国内は荒れるな。殿下を失って、5番隊と15番隊が裏切り者として罰せられるのだ・・・。奴隷の扱いが変わるのは、いい傾向だな)
7番の目には、隊長からの一言だけの書簡に、スキルで燃やす。
灰になった書簡を見つめながら、明日からの事を考えられる幸福を噛み締めようとしていた。