第三十七話 おっさん探す
おっさんは、バステトと森を駈けている。
バステトが、おっさんを誘導している。
おっさんは帝国の脱出を公言している。
その為には、どこかの国に身を寄せるのが最初に考える方法なのだが、おっさんはもう一つの方法で動いている。
その為に、森の中で不自由なく活動ができる状態には、鍛えている。
正確に言えば、おっさんとバステトが揃っていれば、森の中心部に行かなければ、対処が可能だ。
中心部から溢れ出たイレギュラーな魔物が現れることもあるが、おっさんもバステトも逃げている。試していないが、カリンが居れば十分に対応ができると考えている。
”にゃ!”
おっさんとバステトの前に、狼の魔物が姿を表す。既に囲まれた形になっている。
「殲滅で」
おっさんは、小さな声で、バステトに指示を出す。
指示を受けて、バステトは抑えていた力を解放する。
濃密な力の波動が、辺りを支配する。もちろん、バステトの力だ。狼の魔物たちは、判断に迷っている。逃げるか戦うか?戦うとしたら、狙うのは”
周りを囲んでいた狼の一部は、スキルを受けて、戦闘ができない状況になる。
群れを率いていたボスが一瞬だけ逃げる選択を躊躇した。”
力を解放しているバステトに十分な隙を与えてしまった。
群れのボスは、躊躇したことを後悔することが出来なかった。考える暇もなく、首を刎ねられてしまった。
統率がなくなった群れは、バステトとおっさんに狩られるだけの魔物になってしまった。
周りに、魔物の気配が無くなって、おっさんはバステトに声をかける。
「バステトさん。十分です。集めてくれますか?」
”ふ?にゃ!”
「今日の目的は、新兵を探す事ですよ?」
”にゃにゃ”
「忘れていましたね」
”にゃぁ”
「ふふふ。魔物の遺体を処理したら、探索を続けますよ」
”にゃ!”
「素材は、魔石だけ確保して、他は処分しましょう」
おっさんの指示を受けて、バステトは倒した狼から魔石を取り出す。
器用に、スキルを使っている。魔石をおっさんに渡して、倒した魔物をまとめ始める。
”ふにゃぁ!”
溜めを作って、スキルを発動する。
積み上げられた魔物が火に包まれる。全てを燃やしてしまうほどの威力は、バステトでも溜めを必要としていた。
全てが燃え尽きたのを確認して、バステトはスキルで消火した。
おっさんとバステトは、魔物に見つかるように移動していた。
新兵たちが逃げている可能性よりも、どこかに隠れている可能性が高いと考えていた。
その為に、おっさんとバステトが派手に戦って、魔物に見つかりやすいように動けば、新兵がそれだけ安全になると考えていた。
森の浅い場所で、バステトが戦闘跡をいくつか発見している。
新兵と魔物が戦った跡だ。戦闘跡から、おっさんは嫌な感じがしている。
「(聞いていたよりも人数が多い?)」
”にゃ!”
バステトが何かを発見して、おっさんを呼んだ。
おっさんは、バステトが見つけた物を見て、納得した。
ここで、三方向に逃げたのだな。
倒された魔物の死体だが、魔物の爪には新兵たちに渡される皮鎧の一部と見られる破片がついていた。
「(皮鎧と新品の剣を支給されて、万能感に浸ったか?)」
おっさんは、バステトに魔物の始末をお願いした。
魔石も抜き取られていない状態で放置している。他の魔物の餌になる前に対処が出来たのを良かったと考えていた。
”に、にゃ?”
バステトが、魔石を取り出して、おっさんを呼んだ。
魔石を渡してから、魔物を裏返して、背中についている傷を見せる。
「逃げた奴を負った魔物を後ろから倒した?」
”にゃ!”
”正解”とでも言っているように、バステトはおっさんを見る。
そのあとで、魔物の下に穴を作った。埋めてしまうようだ。周りの状況は、先ほどと違って、草木が多い。燃やすのはダメだろう。埋める始末では、最良の方法ではないが、放置よりはマシだ。
「どちらを優先しますか?」
おっさんが示したのは、横(浅い領域)に逃げた者と、森の深い方向に進んだ者だ。
森の出口に向った者たちは、既に保護された者たちだと考えた。
おっさんとしては、深い領域に進んだ方が良いと考えたが、バステトは浅い領域に逃げた者を追うほうがいいと思っている。
「わかりました。バステトさんの感を信じましょう」
方向性が決まれば、動き出すのに戸惑うことはない。
すぐに、バステトが先導する形で、森の中を走り始める。
先ほどまでと同じように、魔物に見つかるように移動するが、魔物の気配は薄い。
「つっ!!」
”にゃ”
おっさんが見つけたのは、血痕だ。
魔物の血液ではない。
木に寄りかかるように血痕が残されている。
近くに、死体がないことから、死んでいないと判断はできるが、事体は悪い方向に進んでいるのも確かな事実だ。
「バステトさん。少し、急ぎます」
”にゃ!”
おっさんが、危険を感じて、けが人を探し始めた。
血の匂いは魔物を呼び寄せる。一人だけで済めばいい。人の味を覚えた獣が出来てしまう可能性も出て来る。
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おっさんたちが探している事を知らない。
ダストンとロッセルは、イーリスからの連絡を受けた所で、今後の方針を相談していた。
「ダストン殿。残りは?」
「新兵に聞いた所では、魔物の攻撃で負傷した1名だけが見つかっていません」
魔物に襲われた時の状況を、ダストンは新兵から聞き出していて、ロッセルに説明した。
「そうですか・・・」
話を聞いたロッセルは、逃げ出した新兵は助からないだろうと考えた。
引き上げるのにはタイミングもよかった。
これ以上は、ロッセルでも対応が難しい状況になってしまう。今の状態でも継続して戦えるが、ダストンを守りながらでは難しい。
それに、ロッセルの周りには、戦闘に慣れていない兵が多くいる。疲労が見え始めている。
「ロッセル殿」
「新兵も限界が近づいています。これ以上の探索は難しいでしょう。イーリス様からも戻ってくるように連絡が来ました。この辺りが限界でしょう」
「そうですか・・・」
ダストンは、新兵と自分が連れてきた兵を見る。
おっさんやカリンが倒してきた魔物の討伐が出来なかった。それだけではなく、支給している鎧を壊して、剣を無くして、物資を消費しただけの兵たちを見て、ため息が出そうになるのを抑えるのに必死だ。
最悪は新兵の一人を失うことになってしまう。他の6名を助けられただけでも十分な成果なのだが、比べる相手がおっさんやカリンなのだ。
帰りに、採取でも行えればいいのだが、新兵やダストンやロッセルでは、採取の知識が不足している。
6名を見つけられただけでも奇跡に近い偶然が重なった結果だ。これ以上の成果を持って帰るのは不可能なのに、ダストンや兵はおっさんやカリンが簡単にやってのけている事が出来なかった理由を、”運が悪かった”で終わらせようとしている。
イーリスもロッセルも、最初は新兵の捜索をおっさんに依頼しようと考えていた。
しかし、兵の一部がそれに反発した。その結果、兵に乗せられて、ダストンが兵を率いて森に向かう事になった。その時に、ダストンはロッセルとイーリスだけが西門に残るのを危険視した。自分なら、森に入った者たちを切り捨てる。ダストンは、ロッセルとイーリスが領都を乗っ取るために、ダストンを切り捨て居ることを危惧した。
ロッセルが攻撃と防御系のスキルが使えることが解っていたので、ダストンはロッセルに同行を強要した。
ダストンとロッセルが、森を彷徨っていた6名を保護して、兵たちと西門に戻った。
そこには、体中に傷を負っている状態の新兵が横になっていた。
おっさんとバステトが保護して連れてきたのだ。
そして、治療を駈けつけたカリンとアキに頼んで、再度の探索に向おうとしている状態のおっさんとバステトが居た。
「まーさん!」
最初に気が付いたのは、ロッセルだ。
「お!新兵は?」
ロッセルは、周りの様子から逃げ出した一人が保護されたと悟った。
「ダストン殿が6名の新兵を保護しました」
「そうか・・・。イーリス。確認は、必要だろうけど、人数はこれでOKか?」
「はい。先に帰還した者たちから、7名だと聞いています。今、イザークが逃げ帰った者たちを呼びに行っています」
イザークが、新兵から数名を連れて西門に戻ってきた。
そこから、森から助け出した者たちの確認が行われて、全員が無事だと解った。
森に無断で入った者への査問は、後日に行われることになる。
ダストンとロッセルとイーリスが、新兵たちから聞き取りを行う。罰則を決めることになる。おっさんは、興味がないことや立場が違うために、立ち会わない。今日の報酬は後日に調整することに決まった。