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第十一話 事情


 皆の視線が集中したアデレード殿下は、大きなため息で、”困っています”をアピールしている。

「アデー?何を困っているの?」

 さすがは、”空気を読まない”マヤが、アデレード殿下の目論みを潰す。

 ルアリーナが苦笑を浮かべて、アデレード殿下に助け船を出す。

「アデレード殿下。ここには、アデレード殿下の味方しか居ません。それに、アイツらの事なら大丈夫です。私たちの、リン君の敵です」

 ルアリーナは、事情を知っているようだ。
 ミヤナック家と相談した時に、ルアリーナが事情を聞いたのだろう。

「え?」

 アデレード殿下は、俺たちを見回してから、俺に視線を向ける。

「リン様。皆さま。私の事は、マヤに倣って、アデーと呼んでください」

「え?」

 皆を見ると、困った表情を浮かべている。
 継承権は放棄していると聞いているけど、王族だ。そんな気楽に接していいか解らない。

 俺たちが困っていると、アデレード殿下は、それはもう美醜で言えば、”美”の上位に属するような笑顔で、俺たちを見回した。

「ルナは、ルナと呼んで、私がダメなのは納得が出来ません。いいですよね?」

 そういえば、ルアリーナも貴族で、ミヤナック辺境伯の娘だ。アデレード殿下と違って、継承権を放棄していない。放棄するつもりでいるらしいが、ハーコムレイから許可が降りないと言っていた。辺境伯の娘と王族では立場が違うというがダメな理由が浮かばない。立場が違うので、アデレード殿下から”アデーと呼びなさい”と命令されたら困ってしまう。”詰み”の状態だ。

「わかった。アデー。それで、何に困っている?」

 俺が発した事で、皆が”よかった”という表情をしている。
 ルアリーナだけが、違う表情に見えるが気にしてもしょうがないだろう。

 最初のきっかけを作ったマヤはミトナルの肩に戻っている。そのミトナルも皆から一歩だけ離れた位置に居る。会話には積極的に加わろうとしない。気配を消すようなスキルを使っているのだろう。多分。

「私は・・・」

 アデレード殿下の説明は、飛び飛びになってしまっていたが、都度ルアリーナが補足を入れて、一通りの説明が終わった。

 感想・・・。
 女子たちの顔を見れば、一目瞭然だと思う。

 途中は、怖くて顔を上げられなかった。
 ミトナルとマヤは、さらに女子たちとの距離を開けている。俺も、向こうに逃げられれば良かったのだが、逃げるタイミングを完全に逃してしまっている。

「アデーの現状は解った」

「リン君!違うでしょ!」

 フェナサリムだ。この手の話には、過剰とも言える反応を示すのが解っている。
 でも、俺にどうしろと?

 アデレード殿下を匿うのは問題ない。
 俺たちが勝ち抜ければ問題にはならない。それは解っている。でも、まだ勝ち筋どころか、負けない方法さえも思い浮かんでいない。

「俺たちの事情とは違う戦いを抱えるのだぞ?」

 フェナサリムも解っているのだろう?
 俺たちの敵は、同級生だ。その親や権力者ではない。

 父親の影響が強いのだろう。
 この世界の父親も、宿屋を営んでいるが、どうやらそれだけではないらしい。

「でも・・・」

 フェナサリムも解っているのだろう。

「リン君。でも、アイツらと敵対したら自然ともっと大きな組織が出てくるよね?」

 タシアナが、”痛い”ところを突いてきた。

 タシアナが言っていることは間違いではない。手を上げて、タシアナのセリフを遮る形になってしまうが、しょうがない。

「アデー。もう一度だけ、確認させてくれ」

「はい?」

「アデーの命を狙っているのは、宰相派閥では無いのだな?」

「はい。宰相派閥は、お兄様の即位を阻止したい。その為には、私が必要です」

「それは、アデーと婚姻関係になる必要があるのだな?」

「はい。私は、継承権を放棄しています。しかし、王族です。お兄様がお倒れになった時には、私が婚姻を結んでいれば、私の夫が摂政になることもありますが、もっと簡単なのは、私が産んだ男児を王位に・・・。それには、婚姻の必要はありません。婚姻があれば、”筋が通る”と・・・。血筋が大事なのです」

「婚姻相手の第一候補が、アゾレムなのだな?」

「・・・。はい」

 匿う理由には十分だ。

「ねぇアデレード殿下?僕からも聞いていい?」

 気配を消していたミトナルが話に割り込んできた。
 そういえば、アデレード殿下との面識はないが、ミトナルは魔法と剣を覚える為に、ハーコムレイやローザスの護衛との模擬戦をしたと聞いている。

「何でしょうか?」

「アゾレムは男爵。アデレード殿下は、継承権を放棄していても、王族。身分が違う。降嫁するとしても、格が違う」

「・・・。はい。ミトナル様の指摘は正しいです」

「それなら、いきなり婚姻はない?何を焦っているの?」

「・・・」

「言えないのなら、しょうがない。リン。僕は、アデーを匿うのには賛成。マヤも同じ。でも、アデレード殿下の覚悟を聞きたい」

「覚悟ですか?」

「そう、リンや僕たちを頼るのなら、覚悟を見せて欲しい」

「・・・」

「具体的には、皆に任せる。でも、匿うだけだと、僕たちにメリットがない。ルナは貴族だから、この戦いに勝ち抜けば、メリットが生まれる。でも、僕たちには、アデレード殿下を匿うメリットが少ない。僕は、皆にも少しだけ怒っている。確かに、リンが誘った。それは、認めている。皆と一緒なら、心強い。でも、それとアデレード殿下の事情は関係がない。ギルドの設立で名前を借りたのは解っている。でも、あれは貴族の義務の行使で、アデレード殿下を匿うこととは関係がない。違う?」

 珍しい。ミトナルの長く自己主張をしている。
 何に怒っているのかよく解らないけど、マヤが何かを知っているかもしれない。少しだけ距離を置いて居る時に、二人で何か話をしていた。

「ミトナル様」

「王族の支援とかいらない。僕には必要ない。他のメンバーが、必要だというのなら、認めるけど、僕には王族との関係はマイナスにしか見えない」

「・・・」

「ミル?」

「ルナ。ミヤナック家が動きやすいように、アデレード殿下を隔離しておきたいのはわかる。領地を囮にしているのもわかる。でも、僕はアデレード殿下の気持ちや覚悟を知りたい。最後の最後で裏切られたら、僕は・・・。だから、納得できる答えなんて求めていない。アデレード殿下が何を考えているのか知りたい」

 確かに、アデレード殿下は、爆弾だ。
 ローザス派閥から見たら、アデレード殿下は邪魔な存在だ。しかし、ローザスがアデレードを溺愛しているのは周知の事実だ。本当に、溺愛しているのかは解らないが、流れている情報としては”溺愛”だ。

 アデレード殿下が明確に邪魔な組織は?

「教会か?」

「リン?」

「すまん。アデーを狙っている組織を考えていた。宰相派閥は、身柄を抑えることが重要で、命までは必要ない。ローザス派閥は、ローザスの”溺愛”を考えれば、命を狙うメリットが少ない。そうなると、教会となる。確かに、現在の教皇は国王の弟だよな?」

 アデレード殿下とルアリーナが頷く。
 そして、今の教皇が俺の母親サビニ・・・。サビナーニの・・・。

「僕は、アデレード殿下が、匿われるだけでもいい。その時には、アデレード殿下かミヤナック家か王家からのメリット提示が必要。匿われるだけなら、仲間ではない。客人なら対価が必要。違う?」

 ミトナルが言いたいことが解った。
 アデレード殿下も、ルアリーナも、俺たちも覚悟が足りなかったという事だな。

 数名の女子が離脱した。
 その為に、残った者たちは結束を強めようとしているが、それが逆効果になった。

 確かに、俺は共闘を持ちかけた。
 茂手木を招いた。仲間も増えた。

 仲間が増えるのは、敵が増えるのと同じ意味だ。

 アデレード殿下の状況がきっかけだけど、確かに”覚悟”と”目標”を定めないとダメだ。
 同級生だけを考えていてはダメだ。権力に近づいてしまった。権力闘争に巻き込まれる。

 なれ合いだけでは、乗り越えられない状況になる。”神崎凛”の記憶を取り戻す前に、俺は殺されそうになった。この世界は、命を奪うのに躊躇がない世界だ。

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