6 Caseトマス⑥
「それは確かな情報なのか?」
第三王子がギロッと従者を睨みながら言った。
「ええ、実は私の従弟が皇太子妃付きの侍女と結婚していましてね。そこからの情報なのですよ。昨日のうちに実家に入っているそうです」
「一人だけで先に来たのか」
「ええ、産み月だと危険だということで。秘密裏に来たのはゆっくりと実家で過ごしたかったのもありますし、彼女がひた隠しにしている自分の嗜好を満足させたかったというのもあるのでしょうね」
「嗜好?それが被虐趣味だということか……」
「ええ、従弟の妻が言うのは結婚する前はよくその手の秘密クラブに行っていたと」
「マジか! 最高じゃないか! 何とかして会えないか?」
「今夜連れて行くことになっているそうですよ」
「どこへ?」
「殿下もお好きなあのクラブですよ」
第三王子はとても驚いた顔をした。
あんなクラブに侯爵令嬢が通っていただと?
しかも被虐趣味を満たすために?
「おいおい……それは……」
「行きますか?お供しますよ。私は妃殿下の顔も知っていますので」
「そうか……久々に行くか。よし! 供をせよ」
「畏まりました」
従者は恭しく頭を下げて部屋を出た。
第三王子は今夜のことを考えただけで、下半身に熱が溜まるのを押さえきれなかった。
「しまったな。あの女を捨てるのは一日早かったか」
去った従者と入れ替えに入室してきたメイドを殴りつけ、ソファーに押し倒してそのお仕着せを破りながら、第三王子はそんなことを考えていた。
そして夜。
「行くか」
「はい」
第三王子は低位貴族が着るような服を身に着け、従者と共に城を抜けた。
城壁の外に準備していた質素な馬車に乗り込み、第三王子は従者に聞いた。
「皇太子妃の名は?」
「メリッサ妃です」
「被虐といってもどのようなのが好みなんだ?」
「詳しくは存じませんが、従弟が言うには縛りからのスパンキングで、卑猥な言葉で罵られると恍惚とするとか」
「堪らんな」
「そいつの妻が風呂の世話を任されているそうで、時々ですが縄の痕と腫れあがった尻を見たと言っていたそうですよ」
「ふぅ~ん」
「殿下、涎が……」
第三王子は袖口で口を拭いた。
それ以降はずっと黙って妄想の世界に遊んでいる。
従者はずっと窓の外を見ていた。
その頃秘密クラブの楽屋には、トマスの母とシアの父親が床に転がっていた。
二人を見下ろしながらゼロが口を開いた。
「さすがだな。よく腹だけ出せるものだ」
シスがにこやかに応える。
「アンと一緒に作ったんだよ。水で百倍に膨れるシリアルばかり食べさせて、食欲増進剤を飲ませ続けたんだ。そうやって胃を大きくしたの」
「このために三週間も掛けた甲斐があったな」
ドアが開いてドウが入ってきた。
「設置完了だ。全部内側に倒れるようにしてるから大丈夫だ。まあ近隣にはちょっと砂ぼこりが掛かるけど、そこは勘弁してもらおう」
「逃げ道は?」
「無いよ。第三王子だけは逃がすんだったよな?」
「ああ、害虫4匹もだぞ? 忘れるなよ? シスの方は?」
「うん、大丈夫だよ。今日のは強烈な淫靡剤と幻覚剤、それと足の機能を低下させるクスリを途中から混ぜるから。みんなは先にこれを飲んでおいてね」
シスが丸薬を配った。
ドウが聞く。
「今飲んでも効果は継続するのか?」
「大丈夫。約半日は効果があるから」
「じゃあサンク、あとはよろしく」
そう言ってゼロとドウ、シスが部屋を出た。
徐に立ち上がったサンクは、特製シリアルで腹をパンパンに膨らませたトマスの母親の顎を持った。
「お前は今からD国の皇太子妃のメリッサだよ。お忍びで来ているんだ。お前の口から出せる言葉は二つだけだ。いい? 『縛って下さい』『叩いてください』わかった?言ってごらん」
うつろな目をしているその女の目の前で、懐中時計をゆっくりと振りながら言う。
女は口の端から涎を垂らしながら、その言葉を何度も言った。
「おい!メリッサ」
サンクが厳しい口調で言った。
「縛ってください」
「いいぞメリッサ」
「叩いてください」
「よし! 完了だな。途中で気を失わないように痛み止めを飲ませておくか」
女の口に無理やり丸薬を放り込むと、サンクは立ち上がった。
「さあ! ステージの準備しとこっと」