1 Caseアーリア①
アーリアはA国の第四王女として生まれ、明るい性格で人気の高い王女だった。
凶作により国力が低下したA国は、B国に対し援助要請をした。
快諾されたが、その見返りは皇太子イーディスと王女アーリアの婚姻だった。
王は悩んだが、アーリアは王女として責務を果たすと言い婚姻に同意した。
B国はA国の武力を利用して自国の守りを固めたいという思惑があった。
手中の珠であったアーリアは人質であり、彼女を従属させることによって、A国を自在に操る魂胆だった。
皇太子妃教育のためという理由で、結婚式より1年早くB国に渡ったアーリアは、バカな王太子に早くも見切りをつけて勉学に励んだ。
しかし母国との連絡は一切絶たれ孤独な日々を送る。
皇太子は幼馴染であり長く恋人関係にある伯爵令嬢ララーナを側から放さず、アーリアと馴染もうともしないばかりか、精神的な苛めをおこなうのだった。
あろうことか王も王妃もそれを咎めず、王妃も苛めに加担してアーリアを虐げることでストレスの発散を始めてしまう。
それでも母国のために耐え続けたアーリアの心が半分壊れかけた頃、遂に婚姻式の日を迎えた。
しかし皇太子は初夜の寝室にまでララーナを連れ込み、アーリアの目の前で抱いた。
二人の痴態を椅子に縛り付けられて見せ続けられたアーリアの心は遂に崩壊した。
結婚して皇太子妃となっても精神的な苛めは止まず、使用人たちからも酷い扱いを受け続けたが、心を閉ざしたアーリアはされるがままになっていた。
実家であるA国も、B国からの支援を切られると国民が飢えてしまうため、おかしいと思いながらも手を拱いているしかない状態だった。
心を凍らせて人形のようになった皇太子妃の前に一人の男が現れた。
A国の侯爵家次男でありながら商人に身を窶し、1年でB国の王族御用達商人となったディックだ。
ディックはずっとアーリアに心を寄せ続けていた。
ディックがやっと辿り着いた皇太子妃の部屋で見たのは心を壊したアーリアだった。
そのあまりにも惨い状態に絶句するディック。
アーリアの奪還とB国王族への復讐を誓ったディックは、商人となって貯め続けていた私財と、実家を出るときに譲渡された財産全てを換金してZ国に向かった。
ディックが訪れたのは田舎町にひっそりと建つ古い教会。
シスターに案内されて神の前に跪いたディックは、ここを教えてくれた友人に聞いた合言葉を口にした。
「神の鉄槌は真の悪にのみ振り下ろされる」
言い終わると教えられた通り、額が床につくほど上体を折り曲げた。
今から現れるであろう人の顔を見ることはタブーだと、教えてくれた友人は何度も繰り返した。
その姿勢を保ったままじっと待つディック。
「神こそ正義なり。お話を伺いましょう」
そう言いつつ、神像の後ろから依頼人の前に姿を現したのは修道士の姿をしたオーエン。
ディックからはオーエンの修道服の裾しか見えない。
依頼内容を聞き、二日後に来るように伝えたオーエンは、ディックに向って厳かな声で言った。
「噓偽りは神の怒りに触れます。今ならまだ言い間違えたで済ませてあげますけれど後悔は無いですか?」
「一切ありません。どうかアーリア姫をお救い下さい」
「ターゲットは王と王妃、皇太子とその愛人でよろしいか?」
「できれば彼女を虐めぬいた使用人達も」
「ああ、その程度ならオマケでやりますよ。この依頼を受けたとしても、私たちがあなたに会うのは姫を救い出し、指定場所に届けるまでだ。それ以降は関知しません」
「もちろんそれで結構です」
「あなたの口から秘密が漏れたと判断した場合、あなたとあなたの血族全てがこの地から消えます」
「承知の上です」
「では寄付金の額ですが、この程度で如何でしょう?」
「っう……だ、大丈夫です」
「そうですか?これでもボスの私情でかなり安いんですよ?止めますか?」
「いえ、問題ありません。よろしくお願いいたします」
「わかりました。今日のところはこれで。あなたの心が神の光りで満たされますように」
ディックは床に擦り付けていた顔を上げた。
すでに修道士の姿は無く、美しいステンドグラスが慈悲の光で教会を満たしていた。