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(5)メリアの懸念

 ほとんど勢いだけで、カイルはメリアが作業をしている衣裳部屋に飛び込んだ。何事かと驚くメリアに対し、カイルは一通り自らの考えを述べる。すると話の途中で俯き加減になったと思ったら、カイルが話し終えるとメリアはどんよりとした重い空気を纏わせながら独り言のように語り始めた。

「もう、私……、カイル様のお役に立てないんですね……」
「誤解しないで欲しいんだが、別にメリアが不要になったわけではなくて、安全のために一時期毒見だけでも止めて貰いたいだけだから」
「元から大した才能も、器用さもありませんでしたし……。侍女の仕事なんて、誰にでもできますものね……」
「だから、メリアを他の侍女と同様に見たりはしていないから」
「そうですよね……。あの家にいた時も、周りから散々『可愛げがない』とか『どんくさい』とか言われていましたし……」
「メリア……。私の話を聞いているかな?」
(困ったな……。メリアは普段、こんな自虐的な話し方はしない筈だが。これはあれか? 妊娠中で情緒不安定って事なのか? こういう場合、どうすれば良いのか……。アスラン兄上が戻って来た時もメリアがこんな調子だったら、怒られるかも。いや、私が怒られる分には一向に構わないが、もの凄く心配しそうだ)
 強硬に反論されるならともかく、こんな反応を予想していなかったカイルは、本気で戸惑った。更に不気味な笑みを浮かべつつ周囲に怒りのオーラを放ちまくる、この場にはいない異母兄の姿を想像してしまったカイルは、途方に暮れる。

「カイル様と一緒にこの地に来て、一年近く。当初は色々と大変でしたが、カイル様や皆さまの改革と運営で領内が完全に安定して、活気が出ています」
「ああ、うん。そのようだね。私も安堵しているよ」
 微妙に話題が変わった事で安堵しつつ、カイルは慎重にメリアの話に相槌を打った。

「たまに城下に出て街の人達の話を聞くと、皆口々にカイル様を褒めちぎっておられます。『ご領主様の加護がどんな内容なのか分かっていないそうだが、立派なご領主様じゃないか』と。勿論、私が城で侍女をしているとは明かしていませんから、単なる追従などではなく本心からの言葉です」
「そうか……。それは光栄だな」
 心から嬉しく思ったカイルだったが、続くメリアの台詞に微妙な顔つきになった。

「それで、皆が不思議がっているんです。『あんな立派なご領主様の加護が分からないのはどうしてなのか』と。それで最近は、『もしかしたらご領主様の加護は、治めている領地を繫栄させる加護なんじゃないのか?』と口にする者がいます」
「いや、それは……」
「はい、全くの見当違いです。それは、カイル様の加護がどんな内容なのか知っている私達には断言できます。しかしそんな噂が、まことしやかに囁かれているんです。更に問題なのが……」
「メリア。どうした?」
 そこで急にメリアが口を閉ざした。不思議に思ったカイルが声をかけると、メリアが一瞬悩む様子を見せてから話を続ける。

「『そういうご領主様が国王になってくれたら、国全体が豊かになって結構な事なのにな』と……」
 それを聞いた途端、カイルは顔色を変えて彼女を問い質した。

「メリア! まさかそんな話が、今現在ここの城下で広まっているとは言わないよな!?」
「私も偶々耳にしただけです。その時、その人には『迂闊にそんな事を言わないように。偉い人たちの耳に入ったら、下手をしたら不敬罪と反逆罪で家族もろとも命を落とすことになるかもしれない』と脅しておきました。その人は真っ青になって何度も頷いていましたから、大丈夫だと思います」
「そうか……、それは良かった」
「ですが、取り敢えずその人だけです。人の口に戸は立てられません。カイル様が良い施政を行なってトルファンが益々繁栄するとなれば、必ず他地域の人達の耳にも入ります。そこの窮乏していたり虐げられている人達が同様の事を考え始めたら、そしてそれが支配者層の耳にまで伝わったら、王家、特に国王その人が静観している筈がありません」
 メリアの顔は既に強張っており、カイルは彼女の緊張を少しでも和らげようと、わざと明るく言葉を返してみた。

「それはそうだろうな……。王座を自分から奪うつもりかと疑心暗鬼になって、私を殺しにかかるか?」
「笑って口にする内容ではありません」
「色々と心配をかけてすまない、メリア。だが私は後悔していないし、陛下に媚びを売る為に無能な領主を演じるつもりはない。勿論、これまで以上に身辺には注意を払う。だからメリアには、今は自分の身の安全を最優先にして欲しい。メリアに万が一の事があったら、アスラン兄上が大暴れして被害甚大だ」
 カイルは真摯に訴えたが、メリアは少し納得しかねる顔つきになる。

「え? あの人は間違っても、カイル様相手に手を上げたりしませんよ?」
「だからだよ。周囲の騎士相手に訓練の名目で大暴れして、設備や備品の破損や怪我人続出なんて事態になったら、目も当てられない」
「……それはありえませんと断言できないのが、辛い所ですね」
 苦笑するしかできなかったメリアに、カイルは改めて真顔で告げる。

「メリアにこれ以上心配させないように、今後城下の様子に一層注意を払うようにする。それに誰かにメリアと同様の加護を行使できるようにして、きちんと毒見をして貰う。勿論、メリアが出産して体調が戻るまでの話だが」
「分かりました。そうしてください」
 ここで愚痴を言ったり抵抗してもカイルの負担になるだけだと心の中で折り合いをつけたメリアは、割とすっきりした表情で了承の返事をした。それに安堵したカイルは、思わず本音を漏らす。

「十歳を過ぎた頃から、アスラン兄上とアーシェラ姉上以外の家族は無いに等しかった。だから来てくれてからずっとメリアを姉のように思っていたし、アスラン兄上と結婚する時は嬉しかった。これでメリアを義姉《ねえ》さんと呼べると思って」
「カイル様、それは……」
「ああ。対外的な事もあるし、兄上がその辺りは特に厳しいから人前ではそう呼ばないよ。だから義姉さんのお腹の子供は、二重の意味で私の甥か姪になるのだけど、それは分かっている?」
「…………え?」
 笑顔で問いかけられたメリアは、キョトンとして固まった。その様子を見て、カイルの笑みが深くなる。

「やっぱり分かってなかったな。だから今後も主君としてではなくて、身内として色々心配したり余計なおせっかいをしてしまうかもしれないけど、呆れないで受け入れてくれたら嬉しい」
 苦笑いでのカイルの台詞を聞き終えたメリアは、いつも通りの笑顔で応じた。

「分かりました。子供が生まれたら『あなたの叔父さんは、心配性で本当に困る』と言ってあげます」
「ほどほどにしてくれ。そういえばアーシェラ姉上はメリア達が結婚する時に、祝いの品をよこしたよな。その後、手紙のやり取りはしているのか?」
「はい、何度か。最近は三人目のお子さんを出産されたそうで、アスランに頼まれてささやかですが出産祝いを贈りました」
「そうか。それは知らなかった」
 ふと思い出した異母姉についての会話を交わしてから、カイルは安堵して執務室へと戻った。





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