新しい生活
俺がシオンに拾われてから数日が経過した。
外の世界は相変わらず雪が振り続けているが、俺自身はシオンの屋敷の中で生活を送っているため、寒さを感じることはない。むしろ、ふかふかの毛布に包まれながら過ごす毎日はとても快適だ。
おかげで、凍えて弱りきっていた体力もすっかり回復して、今では元気いっぱいである。
まぁ、基本的にはシオンの部屋のベッドの上でゴロゴロしているだけなんだけど。
「きゅうん……」
あったかい。
シオンが不在の間はベッドを占領できるので、日当たりの良い場所で丸まって昼寝をしたり、窓から見える景色を眺めたり、と好きなように過ごしている。
ちなみにシオンはというと、日中は仕事があるらしく、屋敷の中にはいないことが多い。
この世界の人間達にとって魔王を討伐した彼女はまさに英雄だ。そのため、度々国王に呼び出されて謁見したり、式典やパーティーなどに招待されたりと、忙しい日々を過ごしているのだという。
彼女に倒された身としては複雑な感情を抱かなくもないが、一応は仔犬になった俺の命の恩人でもあるし、今更前世のことを持ち出してどうこうするつもりはない。
ただ、1つだけ不満があるとすれば……。
「マメーーッ!たっだいまーっ!」
「キャウン!?」
勢いよく扉が開かれて、シオンの声とともにドタドタッと大きな足音が近づいてくる。その音に驚いて反射的に起き上がるが、時すでに遅し。次の瞬間にはスライディングの要領でベッドに滑り込んできたシオンに抱きすくめられてしまった。
「えへへ、今日もマメはかわいいねぇ〜」
「きゅっ、きゅう〜……」
すーはーすーはー、くんくん。
すーはーすーはー、くんくんくんくん。
と、めいっぱい匂いを嗅がれてしまう。
これだ。この過剰なまでのスキンシップが今の俺にとっては一番の問題なのだ。
「きゅーん……」
「ふぁ〜……幸せぇ……♪」
シオンは俺をぎゅっと強く抱きしめると、ぐりぐりとお腹の辺りに顔を埋めてくる。それだけならまだしもおもむろに俺の小さな前足を掴んで、今度は肉球の匂いをぷにぷにと堪能し始めたのだ。
これがまた、かなり恥ずかしい。
なにしろ、いくら今は仔犬とはいえ、中身は元魔王なのだ。あと、一応男だし。年端もいかない女の子に全身を隈無く嗅がれ、挙句にこれでもかとモフられまくっているというこの状況はかなり居た堪れないものがある。
「マメの肉球、ぷにぷにだね〜。マシュマロみたいだなぁ……」
「…………」
マシュマロとはなんだ。食べ物か?
それにしても、さっきからシオンの行動がだんだん変態じみてきた気がするんだが。……いや、いつものことか。
「ぽてぽてころころしてて、本当に可愛いなぁ。……スマホが使えたら容量いっぱいまで写真とか動画とか撮りまくるのになー」
「……くぅ?」
やけにしょんぼりとうなだれているシオンを見てこてんと首を傾げてみせる。
「あ、ごめんね。独り言だから気にしないで」
そう言って、シオンは俺の頭を優しく撫でてくれる。
シオンがいた世界──確か地球と言ったか──ではこの世界とは異なる文明が発展しているらしい。なので、彼女の口から時々飛び出す言葉はどれもこれもが俺にとって未知のものばかりである。
シオンがちょっと意味不明なことを言い出すのは日常茶飯事だが、これからも彼女と生活を共にしていくのならば慣ておくしかないだろう。
……とはいえ、だ。
「きゃうん……っ」
こちらが言葉を話せないのをいいことに、シオンは好き放題やりすぎだ。
俺は抗議の意を込めて彼女の頬をてしてしと軽く叩いてやった。
「はぅあ……っ、肉球パンチ……っ!なんて尊い……っ!」
すると、何故か余計に興奮させてしまったようで、シオンは悶絶しながら再びベッドの上を転がった。
「うぅぅ……、可愛いすぎるよぉ……」
「くぅん……」
どうしよう、この勇者。俺は本当にこんなやつに倒されたのか?そう考えてしまうと、ちょっとまた虚しくなってきた。
まあ、それはそれとして。
「わぅ……っ」
そろ そろ離してくれないと苦しいのだが。
俺はシオンの腕の中でもぞもぞと身を捩って脱出を試みる。しかし、意外にも彼女のホールドは強烈で、なかなか抜け出せない。仕方なく、俺は前足を使ってぺちぺちとシオンの背中を叩き続けた。
「ん〜、もうっ!そんな可愛い仕草されたらもっと可愛がりたくなっちゃうじゃない」
「わぅん?!」
どうしてそうなる。
いつまでも埒が明かないやり取りに辟易しかけていた、その時だった。
「……?」
ふとほのかに錆びた鉄のような臭いがただよってくる。
血の匂いだ。それも、人間のものではない。魔物の血の臭気である。
俺は匂いの出処を見つけ出そうとフスフスと鼻を鳴らしながら周囲の様子を探っていく。
「マメ?」
しきりにクンクンと匂いを嗅ぐ俺の様子に気づいたシオンが不思議そうに首を傾げる。
匂いの出処はすぐにわかった。
シオンからだ。