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 「あー楽しみだな!」翔太が運転している健太郎の横で後ろの僕らに話しかけた。
「楽しみなわけないじゃん、山奥の廃墟なんて。もう十時だし真っ暗だし。」アオイが不満そうに答えた。
「ばーか、この時間でこの暗さだから良いんだろうが。昼間に廃墟なんて行っても何にもわくわくしねぇよ。」アオイがチッと舌打ちをし、顔をそむけた。
「もー2人とも喧嘩しないの、翔太も煽っちゃだめ。」春香が2人の仲裁に入る。僕はいつもヒヤヒヤするが思いのほか険悪な空気は流れない。
「健太郎―まだ着かないの?もう、四十分くらい登ってるけど。」僕の隣で奈央が聞いた。
「カーナビだともう建物が見えてきてもいいはずなんだけどな…、お、そんなこと言ってたら見えたぞ。」健太郎の言葉に五人とも窓から前方の建物を観察した。
「ヒュー、いいねぇ雰囲気あるじゃん。」翔太が皆に聞こえるように言った。後ろからだとよくわからないがアオイと春香は顔が強張っているようにみえた。

 車を降り、建物を見上げる。日本には似つかわしくない小さな西洋風のホテル?のようだ。しかし窓ガラスは割れ、玄関には草木が静かに生い茂り、人が出入りしてるような形跡は感じられない。
奈央がドアのない玄関の前に立ち、一歩踏み出した。奈央を追いかけるように僕らも後ろをついていった。
「おい、一人で行くなって。」そう言いながら健太郎が懐中電灯をつけた。懐中電灯は全員分用意してある。皆それぞれ自分の懐中電灯をつける。
「春香、私から離れないでよ。ほんとにダメだからね。」アオイが震えながら懇願するように言った。
「アオイちゃん大丈夫だよ、安心して。私もちょっぴり怖いから一緒に行こっか。」春香がアオイを落ち着かせるように優しく言った。

 中に入ると、三階まで吹き抜けの構造になっており床は割れ、雑草がひっそりと顔を出している。周囲を観察していると皆に置いて行かれそうになった。少し焦り走って追いつこうとしたとき足が絡まり、こけてしまった。「いたっ、」雑草の上に転がる。
五人が振り返る。
「なにやってんだよーどんくさいな」そう言い五人は笑っている。ごめんごめんと言い僕は起き上がろうとする。



 すると突然、皆の声が途切れた。その瞬間、時が止まった。
「え?みんな?何やってるの、早く行こうよ。」変な汗が噴き出る。ふざけているとかそういう感じではない。自然にそうなってしまったみたいだ。
「おい!健太郎!翔太!」声を張り上げて二人の名前を呼ぶ。反応がない。「アオイ、春香、奈央…」結果は目に見えていたからか声が出なかった。五人に近寄ろうと一歩、二歩と踏み出す。五歩目を踏み出そうとしたところで空中で何かに弾かれた。
「は?なんだよこれ、どうなってんだよ」左手を伸ばしてみる。また5人と自分との間にある絶対的な壁のようなものに弾かれた。

 だんだん自分の置かれた状況を理解し始めると、恐怖がこみあげてきた。いや、正しくは何が起こっているか部分的にしか把握できていないが…。とりあえず、自分は一人になってしまったということだけは分かった。
これからどうすればいい。車のカギは健太郎が持ったままだ。スマホで時間を確認する。二十二時三十分と表示された。こんな時間、こんな場所、人が来るとは思えない。麓まで下りて助けを呼ぶしかない。でもこんな山奥から下山するなんて、どうしよう…。置かれた状況が怖くて動かない理由だけを探している。「うう…」思わずうめき声が漏れた。行くしかない、そう声に出し、振り返る。そして勢いよく玄関を飛び出し山を駆け下りた。月明りとライトの光のみが頼りだ。鈴虫が鳴いている。

 もう、何分走っただろうか、まだ麓の民家の光は確認できない。木の根っこに引っ掛かりこける。もう何回こけたか分からない。それでも走り続ける、一人は怖いから。だれでもいいから人間にすぐに会いたかった。
 山を下り続けていると、民家にたどり着いた。ドアを勢いよくたたく、「すみません!助けてください!すみません!友達が!」相当疲れていたはずだが叫ぶような声で懇願した。
すると玄関のドアが開き、五十代くらいの夫婦が顔を出した。「どうしたんだい?そんなに切羽詰まって…大丈夫かい?」
「あの、友達が、動かなくなって、その近づけなくて、グループで、遊んでて、えっと、」廃墟で起こった現象をどう説明すればいいか分からない。うまく言語化できない、伝えることが出来なくて焦る。
「とりあえず、警察と救急車を呼んだ方が良いのかね?」おじさんがそう聞いてくれた
「はい!お願いします!」助かった、もう大丈夫だ。この時はそう安堵した。

 先に警察が到着し、軽く事情を説明する。車に乗り込み廃墟へ向かう途中にも質疑応答を繰り返したがあの現象だけはうまく説明できなかった。車に揺られている間、五人ともあの場所にいるだろうかという不安と何事もなかったかのように肝試しを続けているかもしれないという希望が入り混じり、緊張が解けなかった。

 廃墟に到着し車を降りる。玄関まで行くが声は聞こえない、二人の警察官が背後にいることを確認し、ライトをつける。一歩二歩三歩と震える足を踏み出す。見覚えのある靴を照らした、そして胴体、顔とライトで照らす。五人が僕がさっきみた表情、仕草のまま止まっている。
「なんだ、これ。」それだけ言い、警察官は絶句した。二,三分たっただろうか、ようやく警察官はハッとし、五人のもとに歩み寄る。もう三歩で手が届くかというぐらいで警察官は何かにぶつかり後ろによろめいた。「うわっ、どういうことだ?」もう一人の警察官も手を伸ばす、だが僕と同じように何かに弾かれ、えっ、と声を漏らす。二人とも困惑し、眉間にしわを寄せ理解ができないというような表情で僕の方を見る。
それからは増援を呼び、僕は夜どうし警察署で取り調べを受けた。僕たちは大学生で中学からの友達であること、翔太が肝試しをしようと言い出しアオイと春香以外は乗り気だったこと、廃墟の中で自分が躓いて起き上がると五人があの状態になってしまっていたことなど全て正直に答えた。

 それから数か月後、警察や物理学者、数学者などの協力で分かったことがある。まず、彼ら彼女らには何をどうやっても近づけない、時空の狭間のようになっていて外側から内側には干渉することができない。また彼ら彼女らは止まってはいない、動き続けている。数か月に一ミリという単位で空間的に低速化が起こっている。
 こんな現象あり得るのかとテレビやネット掲示板で大いに取り上げられた。こんなニュースはオカルトだとかフェイクニュースだとか散々な言われようだった。

 僕は大学には何事もなかったかのように通い続けた。これまで通り講義を受け、アルバイトをこなしていた。夜にはいつもあの現象の原因、僕だけが巻き込まれなかった理由を考え、世界的に似たような例はあるのか調べていた。
しかし、答えなどわかるはずがない。幽霊の仕業だとか本当は呪われていたとか終いには宇宙人の攻撃だとか突拍子もないことを考えていた。

 大学を卒業し、数十年が経った。僕はあの日の時間が流れている場所に立っていた。
「皆、久しぶりだね。いやそれは僕だけか、君たちにとっちゃ数秒間の出来事なのかもしれない。」一呼吸置いてからまた話し始める。「あれからたくさん考えたんだ。聞いてよ僕の本音。」

「君たち五人を巻き込んだこの現象は何一つ解決の糸口は見出されていない、それどころか世間はすでに君たちのことも忘れ去っているだろう。でも、僕は一つ分かっていることがあるんだ。警察にも親にも言っていないことが一つだけある。」

 「僕ら六人があの日、あの夜、自殺できる場所を探していたこと、中学の時クラスメイトを殺して埋めたことまだ誰にも言ってないんだ。あの時から六人で背負っていこうって決めたのに今じゃ僕だけあの罪に苛まれている。もう疲れちゃったな僕…。別に特別仲が良いってわけじゃないけど、同じものを背負っているだけでこんなにも一緒に行動できるだなんて思いもしなかったよ。」ポケットから折り畳みのナイフを取り出し、刃を首にあてる。
「なんだろうな、僕だけが君たちみたいにならなかった理由…。ほんとは君たち五人とも死にたくなかったんでしょ。罪を償わないといけないのは分かっているけどポーズだけ。本気で死のうとしてたのは僕だけなんじゃないかな。」だんだんと笑いが込み上げてくる。
「はははっ、よかったね、これでもう死ななくて済むじゃん、君たちはその茶番劇の中で永遠の時間を過ごせばいいよ!」ナイフを握っている手に力を込める。
「じゃあな、お前ら、俺が先に死んどいてやるよ。」笑っている五人の前で首を掻っ切ってやった。自分の生ぬるい血が噴き出ているのが分かる。倒れる寸前、五人の顔を見た。五人と目が合った気がする…。お前らもちゃんと死ねよ。

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