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足がはやい?

 あれからどれくらい経っただろうか。いや、カレンダーを見れば、一週間なのはわかるんだけど。

 俺は一週間前、ふとしたきっかけで、赤いドラゴンを呼び出してしまった。

 わかってる、信じられないのもそんな顔するのも。でも事実なんだ!
 コイツは時々鳴き声をあげたり、火を吐いたりする。
 とはいえ、コイツが吐く火はライターくらいの大きさしかないから、さして困ることはない。以前タバコを吸っていたから、その時だったら役に立っただろうけど……。

「しかし、どうしたもんか……」

 台所のまな板の上では、そのドラゴンが体を丸めて眠っている。どういう訳かコイツは、寝る時には必ずまな板を要求する変な奴だ。
 助かっていることは、鳴き声が小さい事と大して餌を食わないこと。キャベツの葉っぱ一枚で三日分のエサになる。体の大きさにしても、やたら燃費がいいと思う。
 まぁ、起きてる方が珍しいから、当然といえば当然なんだろうけど。

「それにしても、やっぱり来ないよなぁ……」

 こんな冗談みたいな状況になった俺は、ドラゴンを退治できる勇者を募集する張り紙をドアに張り出した。冗談みたいなことが起きたんなら、冗談みたいなことをしたらそれが起きるんじゃないのか……そう思ったんだが、そうそう上手くいくわけもなく、時間だけが無情に過ぎていった。
 その張り紙も、昨日の大雨ですっかりボロボロになってしまった。

「仕方ない、剥がして張り直すかな」

 気は進まないが、続けていれば何かあるかもしれない。なんと言っても、不可能でありえないことが目の前で起きたんだから、同じように勇者が現れることだってあるかもしれない。

「……あるわけないかなぁ」

 ドアに張り付けた紙を剥がしながら呟く。
 さすがに勇者ですなんて言う人物が現れても、イタズラでしかないだろうし、なによりそんな人が本当に現れたら気持ち悪いし。

「ちょっと、お兄ちゃん」
「はい?」

 突然声をかけられて、俺は振り返る。そこには、五十代くらいの女性……というか、このアパートの大家さんがいた。明るい性格で、貧乏生活の俺に何かとおすそ分けをしてくれる、第二の母親みたいな人だ。

「ドアに何かあったのかい?」
「あ、いや、そんなことないっす」
「そうかい? ならいいけど」

 まさか勇者募集の張り紙してましたなんて言えるわけない……。
 むしろ、借り物のドアにそんなことしてたなんて知れたら、何か言われるかもしれないし。

「まぁいいわ。今朝、良いサバが送られてきたんだけど数が多くてね、持ってって」
「いや、嬉しいんですけど……」
「ええからええから、ほれ」
「あ、いや、その……」

 そう言って強引に渡されたビニール袋の中には、一匹のサバと細かく砕かれた氷が入っていた。微妙に口が動いているから、生きてるみたいだ。
 というか、生きてるサバとか、どこから送られてきたんだ?

「ほいじゃ、またね」

 大家さんは満足そうに去っていき、俺の手にはサバと紙屑が残された。この状況、非常に困ったことに拍車がかかった。
 なぜか。それは、俺は魚を捌けないからだ。むしろ、サバなんてどう料理したらいいかもわからない。

「ネットで調べるかぁ……」

 そう言いながら、俺は部屋に戻る。
 台所では相変わらず、まな板の上でドラゴンが寝てる。いい気なもんだ。
 無理矢理どかしてまな板にサバを置こうと思ったが、メンドくさい事になりそうな気もしたので、とりあえずサバは袋から出して皿に乗せる。まな板は捌く時に使えばいいわけだし。
 両手があいた俺は、さっそくテーブルの上にある携帯で魚の捌き方を検索する。初めはテキストサイトばっかり見てたが、よくわからないので動画に切り替える。

「うへぇ……スプラッターだな……」

 ナマモノを捌くと言うのは、思った以上にエグイ。だが、このまま返すのも腐らせるのも悪いと言う一心で、頑張って最後まで画面を見つめる。
 初めの方こそエグイ感じだったが、次第に料理っぽくなり、なんとなく安心する。とりあえず三枚おろしにしてしまえば、応用はいくらでもできる……そんな感じだった。

「後は、やりながら……」

 そう言いながら、振り返った俺は目を疑った。
 だって、さっきまでサバが横たわっていたはずの皿から、サバが姿を消していたんだから。

「おいおい……どういうことだよ……」

 慌てて駆け寄るが、喰われた痕跡はない。ドラゴンは相変わらず寝てるし、ドアは閉まっているから外部からの侵入者とか考えられない。それなのに、サバは忽然と姿を消した。

「どういうことだ……?」

 怪奇現象だった。
 ドラゴンが現れた上に怪奇現象……この部屋、以前に何があった?

 タタタタタタタ……

 耳を掠める不思議な音。それは、俺の後ろから聞こえた。

 タタタタタタタ……

 黒い侵入者かとも思ったけど、それにしては音が大きすぎる。

 タタタタタタタ……

 間違いなく何かいる。
 俺は震える体を鼓舞しながら、覚悟を決めて振り返った。
 
 タタタタタタタ……
 
 それは、二本脚で軽やかに走り回るサバの姿だった。しかもやたら速い。

「おいおい、ちょっと待てよ……」

 海洋生物がうっかり進化したみたいになってる……というか、なんだその取ってつけたような両手両足は!
 愕然とする俺の背後から、動画の声が響く。

『サバは足が速いですからね』
「やかましいわ!」

 俺のツッコミがむなしく響く。
 どうやら、早急に勇者募集の張り紙をしなければいけない様

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