54 アクシデント
「おい!三人とも姿を見せろと言っているんだ!隠れてないでそこに並べ!」
オレンジ色のシャツに黄色のクラバットを着けた男が凄むように言いました。
案内をしてくれていた第三王子の騎士が、庇うように前に出てくれます。
「ベルガ第二王子殿下にご挨拶申し上げます。こちらはリブラ王子殿下が王宮に招かれたお客様です。リブラ殿下はすぐにこちらに来られますが、先に応接室に行くように指示を受けております。ご用件がございましたらそちらの第三近衛の者が伺います」
「リブラの客だと?それも女が三人か。ふんっ!まあ良い。別に用件は無い。俺のスペースには絶対に近寄るなと言おうとしただけだ」
第二王子と呼ばれたその男は、騎士の気迫に押された様に後ずさりました。
「もちろんそのようなことは絶対にございません。それでは失礼いたします」
私たちは促されて第二王子に背を向けました。
アンナお姉さまが再びエスメラルダを抱き上げて、小さな声で私に言いました。
「目がチカチカするような恰好でしたね。見ましたか?髪も金髪でしたよ」
「そう?気づかなかったわ。シャツにばかり目がいってしまって。結構なインパクトだったわね」
エスメラルダがお姉さまに抱かれながらまだ後ろを見ています。
何か気になるところでもあったのでしょうか。
「どうしたのエスメラルダ」
「顔を送ってる」
「ああ、なるほど」
王宮に入ってからずっときょろきょろしていたのは任務を遂行していたのですね。
私よりよっぽどちゃんとしてます。
案内された部屋に入ると、シンプルな中にも男らしさを感じる作りでした。
ソファーを勧められましたが、私はすぐに城外の様子を見たいとお願いしました。
視覚情報を送るだけですから私一人で十分です。
エスメラルダとお姉さまには部屋に残って休んでもらうことにしました。
先ほどから頑張って情報を送っていたエスメラルダが少し眠そうだったからです。
「では行ってきますね。すぐに戻りますから」
案内してくれている近衛騎士さんと一緒に再び石造りの長い階段を上がって行きました。
上から吹きおろしてくる風に髪が揺れます。
最後の一段を登りきると、大きなホールになっていました。
「ここはバンケットホールと呼ばれています。普通のパーティーは一階の大ホールで開かれますが、ここは王家が主催する行事の際に使うことが多い部屋ですよ」
「まあ、そんな大切な部屋に入ってしまって良かったのでしょうか?」
「とくに入室制限などがあるわけでは無いですから問題ありませんよ。ここまで来るのが大変なので訪れる人が少ないというだけです。さあ、バルコニーに出ましょう」
騎士さんはホールを進み、大きな扉を開けました。
ズザッと風が入り、私のワンピースの裾が踊りました。
小首を傾げて外へ出るように促された私は、バルコニーに踏み出しました。
〈凄いな、街が一望できる〉
私もサミュエル殿下と全く同じ感想を持ちました。
〈広場を見てくれ〉
手すりに両手をついて見下ろすと、多くの人たちが集まっています。
海の方を見ると、ところどころに白い波が見えますが、荒れているという印象は受けませんでした。
物資補給のために寄港しているエヴァン様を乗せた船は見えませんでしたから、まだ出航していないのでしょう。
〈住民に動揺している様子は無いか?〉
〈大きな揺れの後ですから多少の動揺はあるようです。小さいですが時々余震も感じられますし〉
〈アレクがもう一度ゆっくりと海から順に街を見渡せと言っている〉
〈わかりました〉
私は指示通り海の方を向きました。
ゆっくりと首を回し、できるだけ俯瞰しているイメージで視線を動かします。
ほぼ正面の街の目抜き通り辺りまで来た時、後ろでドサッという音がしました。
私が恐る恐る振り返ると、白地に黄色のサーコートをつけた数人の男が立っています。
足元を見ると、案内して下さった方が転がっていました。
私は息を吞みながらも駆け寄ろうとしましたが、足が竦んで動けません。
「こっちに来い!」
手すりに寄りかかるように逃げた私の腕を掴み、強制的に引き寄せます。
〈ローゼリア!逃げろ!〉
「いやぁぁ!放して!放してよ!いやぁぁぁぁぁ!」
〈いやだいやだいやだいやだ!助けて助けて助けて助けて!〉
〈ローゼリア!…おい!返事をしろ!ローゼリア…〉
サミュエル殿下の声が遠ざかっていきます。
エスメラルダの声やジョアンの声も聞こえたような気がしましたが気のせいでしょうか。
「やっと起きたか。寝不足だったのか?良く寝ていたな」
うっすらと目を開けると、見たこともない男の顔が見えました。
「きゃぁぁぁぁ!」
恐怖のあまり叫び声をあげると、いきなり頬を叩かれました。
「うるさい!きゃあきゃあ喚くな!」
「だ…誰」
「なんだ?俺を知らないのか?確かリブラの女だとか言っていたな。あいつにそんな甲斐性があるとは思えんが?やめとけやめとけ。あいつは王子だといっても三番目で、母親もこの国の女じゃないからな。あいつに媚ても何の得も無い。俺にしておけ」
「な…何を言っているのか…わからないわ。それより早く帰してよ!今とても危険な状況なのよ!こんなところで下らない話をしている場合じゃないわ!」
「下らないだと?生意気な女だな。何が危険だ!ここに居る限り安全に決まっているだろうが!ここをどこだと思ってる!バカな奴だ」
〈ローゼリア!気が付いたのか?そこはどこだ〉
〈分かりません〉
〈手掛かりを探す。ゆっくりと見まわしてくれ〉
私は開けかけている胸元を押さえながらゆっくりと部屋を見まわしました。
すると金髪の癖のある髪を搔き上げながら、男が近づいてきました。
「どうだ?豪華な部屋だろう?珍しいのか」
男は私の顎を掴んで自分の方へ顔を向けさせました。
私は恐怖で涙が溢れてきます。
〈エスメラルダはジョン王子の部屋で保護されている。ジョアンとジョン王子が騎士たちがお前を探しているがまだみつけられていない状況だ。なんとか逃げられないか〉
〈調度品が赤いので皇太子のスペースだと思うのですが…〉
私が歯を食いしばって睨み返したのが気に食わなかったのでしょうか。
再び頬に鋭い痛みが走りました。
「生意気な目をしやがって!なかなか好みな顔だ。その澄ました顔を歪ませるのは楽しみだな。ははは!お前も他の女と同じように三日もすれば言いなりになるんだろうな。そんなんじゃ面白くもないからな。せいぜい逃げ回って楽しませてくれよ?」
皇太子だと思われるその男は、私の襟元に手をかけて一気に引きちぎりました。
「いやぁぁぁぁ!」
〈ローゼリア!〉
私のワンピースは無残にも開けてしまい、下着が剝き出しになりました。
ぼろ布と化した残り布を搔き合わせて隠そうとしますが、その仕草に劣情を催した男は、無遠慮に大股で近寄ってきます。
「いや!来ないで!誰か…誰か助けて…」
「逃げても無駄だが、逃げろよ。さあ必死で逃げろ!ははははは」
何とか立ち上がりドアに向かって走りました。
ドアノブを必死でガチャガチャと動かしますが、びくともしません。
「鍵が掛かっているからなぁ。開くわけ無いだろ?そして鍵はここだ」
男は目を血走らせて鎖の付いた金色のカギをペロペロと舐めて見せます。
「誰か!誰か来て!助けて!」
私はドアを力いっぱい叩きながら叫びました。
「無駄だ!誰も来やしないさ!ここは皇太子妃の寝室だからな。ここに入れるのは俺だけだ」
〈皇太子妃の寝室…〉
〈わかった!すぐに行く!もう少しだけ耐えろ!ローゼリア!頑張ってくれ!〉
ジョアンの声が聞こえました。
サミュエル殿下もエスメラルダも私の名を呼び続けて励ましてくれています。
私はこの状況が物凄く屈辱的で、恐怖よりも怒りが勝ってきました。
「あんたバカじゃないの!自分の国の状況を良く考えなさいよ!市民の中には家を失った人もいるのよ!いくらバカなあんたでもやらなくちゃいけないことはあるでしょうが!」
ぱぁぁんという音が響き、私はクラッとして膝をついてしまいました。
口の中に血が溢れているのがわかります。
もしかしたら歯が折れたかもしれません。
「バカはお前だろ?こんな時にリブラを誑かそうと城まで押しかけてきてさあ。弟のものは俺のものだ。どこの誰かもわからん女を大事な弟のベッドに上げるわけにはいかないからな。優しい兄が先に毒見をしてやろうって言うんだよ。リブラの奴も涙を流して感謝するだろうさ」
〈怖いよ怖いよ怖いよ〉
私はまた涙が溢れてきました。
〈エヴァン様…〉
じりじりと近寄る男から、必死で逃げようと後ずさりましたが、遂に壁際まで追い詰められてしまいました。
私は決死の覚悟で立ち上がり、窓の方へ走ります。
引き千切られ垂れ下がっていたワンピースのスカートに足を取られて転んでしまいました。
「危ないだろ?脱げよ。まあもう脱いでいると同じか?」
男が私に追いつき、私が必死で抱きしめるように体に纏わせていた布に手をかけました。
「いやぁぁぁ!放して!来ないで!来ないで!エヴァンさまぁぁぁ」
男がふいに手を放しました。
「エヴァン?どこかで聞いた名だな。ん?まあいい、お前の男か?それは良いな。俺は夫とか恋人とかいる女の方が燃えるんだ。略奪してやってっていう気分になるだろ?ひひひひひひひひひひひ」
この男は狂っている…再び私の心を恐怖が支配しました。
男は下卑た笑顔を浮かべながら、私が纏っているワンピースだったものに手をかけて一気に引き剝がしました。