第5話:料理人、一番弟子を取る
この世界に来て三日目、元の習慣がそう簡単に抜けるわけもなく、四角い太陽が昇って間もなく目が覚めた。
☆説明書 時間
時間を知れる魔道具に等間隔に刻まれた【
この時間を知れる魔道具は各国の王城に設置されており、城がない街の教会には簡易型が置かれている。
素材が希少すぎる為に個人で持つ事は出来ず、もし作ろうと思っても、簡易型でさえ大貴族でも一生かけても用意できない金額になる。
太陽が半分顔を出し、月が半分隠れたタイミングが【前一ノ頁】
前二ノ頁、前三ノ頁、前四ノ頁、前五ノ頁
太陽が真上に昇ったら【前六ノ頁】
前七ノ頁、前八ノ頁、前九ノ頁、前十ノ頁
月が半分顔を出し、太陽が半分隠れたタイミングが【後一ノ頁】
後二ノ頁、後三ノ頁、後四ノ頁、後五ノ頁
月が真上に昇ったら【後六ノ頁】
後七ノ頁、後八ノ頁、後九ノ頁、後十ノ頁
分や秒に明確な数値は無く、半分を基準として、それより前か後かで言い分けている。
前一ノ頁前
前一ノ頁半
前一ノ頁後
☆
窓から外を見ながら伸びをすると、扉の向こうから椅子を引きずる音が微かに聞こえる。
朝の準備をしてるのかな? と思っていると、ノックの音と元気な声が飛び込んできた。
「
呼びに来るのもサービスの一つみたいで、声の後にパタパタと小走りする音が聞こる。
返事をしようと思ったけど、忙しいみたいですぐに下に降りていったみたいだ。
「さて、やりたい事もあるし早めに食事を済ませますかね」
もう一度ググーっと伸びをしてから、タブレットをちらりと見ると現在七時。
食事をする時間としては、調度良い頃合いだ。
手櫛で髪を整えて、服をパッパと払って一階へと向かった。
――モグモグ……ごっくん
朝の食事内容は、有無を言わさず
まだ新しい調理法を取り入れてないから、あのワイルド肉だ。
「この後話し合いするし、さっさと改善しないとね……ずっとこれは流石に……無理……うっぷ……」
無理に食べる必要はないかなとも思ったけど、他に食べ物が無い事を思い出してゲンナリ。
畑も牧場も無かったし、諦めモードでなんとか完食した。
「嬢ちゃん大丈夫かい? 顔色悪いじゃないかい」
「あはは、大丈うっぷ……大丈夫です……」
「そういえば焼いただけの肉は食べられないって言ってたね……なら、早速今後の話でもしようじゃないか」
困った感じで苦笑いしながら正面の椅子に座ると、さっきまで机を拭いて回ってた二人もルーティの両サイドに着席。
宿屋なのに従業員が全員揃っちゃって大丈夫なの……?
「ん? あぁ気にすんな、客が来たらちゃんと対応するからさ」
一瞬心を読まれたかと思ったけど、無意識に受付に視線を飛ばしてたみたいで、それに気付いただけだった。
「さてと……今後についてなんだが、嬢ちゃんが考えてる事を聞かせてもらおうかね?」
「そうですね……今考えてるのは、情報を小出しにするって事ぐらいでしょうか」
「小出しですかぁ~?」
「いくら私に知識があっても、そもそも食という概念が無いですから、一気に大量の情報を広めようとするのは無理があるかなと」
「ま、当然そうだろうね」
「なので、ちょっとずつ知識や技術を拡散していければなと。それから……」
終始真面目な空気で方針を詰めていって、ルーティを一番弟子として料理のいろはを教えるところから始めることになった。
宿代もタダで良いなんて言い出したから断ろうとしたけど「色々教えてもらうんだ、その対価ってやつさ」と強引に押し切られてしまった。
無理に断る事もできなかったし、料理を教えるのも遅かれ早かれだったと思う。
何を教えるにしても、遅くて得する事はそうないだろうしね。
「まだ昼まで
「
「ですね、その方向でいきましょう」
正直、血抜きに関しては教える事は殆ど無いんだけど、弟子とした以上は一から十まできっちりやらねば。
いざ忙しくなった時に手伝えないと困るってことで、三人一緒に教える事になったのは仕方ないことだろう。
説明はとても簡潔に終わったけど、肉の量に対してどのくらい必要だとか、どういう場所に保管するのが良いかとか、軽い質問会みたいになった。
分からないものを分からないままにする人は大嫌いだけど、やっぱり店主なだけあってその辺はきちんとしてて好感が持てる。
ニヤけそうになるのを抑えながら、一つずつ質問に答えつつ実演。
そのまま下拵えの手伝いをして解散した。
元の世界では教えられる事が多い立場だったのもあって、少し疲れた気がする。
部屋に戻った時にベッドにダイブしたのは、しょうがない事だ……しょうがないよね?
――
とは言え、ただ疲れたから戻ってきたわけではないのだ。
簡易的にだけど食材を保管できる方法を思い出して、それを実際に作ってみようと思ったからなのだよ。
「クーラーボックスだったら箱と氷だけで保管できるもんね。さすがに常に氷を確保するのは無理ゲーだから、【
ちゃんとした冷蔵庫は一人じゃ作れないから、職人さんとのパイプを獲得してから作ればいいし、無理して失敗する方が迷惑かけちゃうしね。
まぁスキルでガワから何から作るってのは出来そうだけど、村の外まで広めるのを考えると、何から何まで自分で作るのはさすがにちょっと……ね。
私にしか作れないなんて事になると困るし……なんて考えながら、村の散策中に拾った「平べったくて丸い水切りに使えそうな石」を数個取り出す。
「<
おもむろにそう唱えると、タブレットが出現して
画面左側三分の二に、上下左右にかなり余裕がある状態で三×三のマス目、【
右側三分の一には、四×十のマス目があるだけで他は特に何もない。
宝石みたいなのを置いておけるスペースかな?
「これが石を構成する概念ってことか……移動はできるけど取り除くことは出来ない、と。宝石の右上に鍵マークが付いてるし、ロックされてるってことで間違いなさそう」
よく考えたら石から【石】を取ったら何も残らないじゃんと気付いて、当たり前かと一人納得。
【
「【
☆説明書 スキルレベル
基本的にLv10が最大値で、それに達した場合は【Lv☆】と表記される。
スキルによって最大レベルにバラつきがあり、Lv1が最大の場合もある。
☆
まずはお試しから始めないとね、ということで【
転生物の定番って火魔法からだよねーってことで、まずは【火】の概念でも作ってみよう。
「火……火……手に魔力を集中して……<
頭の中にマッチの火を想像しながら手の平に魔力を集中させると、ポンッと宝石のような物【
手の中の
やっぱり宝石にしか見えない。
「これをマス目に乗せればいいのかな? 空いてるスペースに……と」
画面に欠片を乗せると、置いた時の感触の直後にスッと中に入ってカチリと音を立ててマス目に嵌まった。
直後に手の中の石がとても弱い火を出し始めた。
火力は弱火程度だったけど、【発火石】が完成したみたいだ。
ってか熱い! 慌てて
あえて説明書を斜め読みしただけで落ち着いて検証できるまで放置してたけど、これはかなり楽しい。
他に何が出来るのか、追々調べなければ。
玩具を貰った子供みたいにワクワクしながらも本来の目的を思い出して、早速作業にとりかかる。
「基本のキは分かったから、早速冷気を出す石を作ってしまおう」
頭の中に冷気……だけだとイメージし辛いから、冷蔵庫から出る冷気を想像しながら手の平に魔力を集中させる。
「<
出てきた水色の【冷】の欠片を摘まみ、【石】の隣に置く。
今度は石から冷気が仄かに出てるみたいで、石の周りがちょっとだけ冷たくなる。
「布とかに包んでおけばこの時期は重宝しそう……でも食べ物を冷やすには弱いかな」
【冷】の欠片を一旦外して、手の平に乗せる。
「<
一回目の複製で二つに増えて、二回目で四つに増える。
ポケットのクッキーみたいでちょっと面白い。
「<
名前からして『欠片を一つに合わせる』って意味だろうと思ったけど、その予想は間違えてなかったみたいだ。
手の平の欠片が全て重なって一つになったのを見届けて、【石】の隣に置いて鑑定する。
冷気石
説明:石から冷気が発生する特殊な石。
手で持つ事は出来るが、長時間持っていると凍傷になる。
特性:冷気Lv4
「やった、予想通り! 同じ欠片を融合すると効果が上がるんだ!」
思い通りの結果が得られて、自然と顔が綻んでしまう。
嬉しさを隠しきれないまま一階に戻ってみると、ルーティ達は今日の昼分の下拵えをしていた。
ワイルド肉だから、肉を切るだけの作業を淡々と繰り返してる……うぷっ。
「ルーティさん、ちょっといいですか?」
「ん? どうしたんだい?」
「食べ物を保管するのに役立つ物を持ってきたので、是非試してほしいなと」
「ほう、いったいどんなもんなんだい?」
「野菜や肉はそのまま置いておくと直ぐ駄目になってしまいますが、冷やすと少し長く置いておけるんです」
自信満々に冷気石を作業台の上にコトリと置く。
「本当は専用の道具を作りたいんですが、それは追々ということで……この冷気石を食材と一緒に木箱に入れておけば、それなりに長持ちすると思います」
「へー、そりゃ便利だ」
冷気石を手に取ると、その冷たさに驚きながらも興味深そうにマジマジと見ている。
早速木箱に入れてみると、ほんの数秒で箱の中がヒンヤリしてきて、また少女のように喜んでいる。
エルネさん、嬉しいのはわかるけどニヤニヤしないの。
「試しに木のコップに水を入れて、木箱に入れて蓋をしてみてください」
「ふむ……」
水瓶からコップで水をすくって、冷気石が入った木箱の中に置く。
下拵えの続きをしながら時間を潰して、ある程度の所で木箱を開ける。
はやる気持ちを抑えられずコップを手に取ると、まずその冷たさに驚いて、更に水の冷たさに驚いた。
「これは凄い! 確かに便利に使えそうだ!」
「ルーティさん……」
「な、なんだい? そんな真剣な顔して……」
「飲む用のお酒とか……」
「……なんだって……?」
ルーティの喉からゴクリと音が鳴る。
「種類にもよりまずが、冷たい方が何倍も美味しくなるものもあるんですよ……」
「それは……試してみないといけないね」
二人でニヤリと笑いあう、完全に悪い人達だ。
近くで見ていたエルネとエルティは苦笑いを浮かべている。
正直、まだこの世界のお酒をよく知らないから、試行錯誤が必要になるのは間違いないね。
だがしかし! 料理にお酒は付き物だし、いずれ腰を据えて調べたいものだ。
「本当にとりあえずだけど、食材の保管問題は解決かな。いつか漬け置きも……」
簡易的にとはいえ保管の問題が解決したことだし、次にやれる事を頭に巡らせていく。
その様子を横目に見ていたルーティは、【ツケオキ】という言葉が気になりつつも、新しい料理の予感がして自然と口角が上がるのだった。
その後、全ての肉を切り終えたエルティ達が受付の方に行くと、最初の昼のお客さんが扉を潜ってきた。
ひとまず