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第4話:料理人、世界で初めて料理をする

 なんとかかんとか内緒にしないといけない事を伏せながら、神さま達と打ち合わせておいた設定を使って説明をしていった。
 内容は大雑把にこんな感じ。

 ・とてもとても遠い島国出身であること
 ・神託を受けて、導かれるようにこの大陸に辿り着いたこと
 ・信託の内容は【食】の知識を広めること
 ・最初に辿り着いたこの村を拠点に活動したいと思ってること

 ちなみに、プルミ村に辿り着いたのは本当に偶然で、もし別の方角で村や街を見つけてたら、普通にソコが拠点になってたかもしれない。
 とは言え、居たいと思えない場所だったらそれもまた変わったかもしれないけどね。

 話している間、真剣に耳を傾けて口を挟んでくる事はなかった。
 一通り話し終わると、いつの間にか元に戻っていたルーティから疑問が飛んできた。

「話はなんとなく分かったけどよ、そもそもその【ショク】ってのはなんなんだい?」
「【食】というのは肉や魚、野菜なんかを使って【料理】を作り、それらを食べて血肉にする事を指します」
「そのぉ~【リョーリ】っていうのをしたいからぁ~、腹所(厨房)を使いたいって事かしらぁ~?」
「そうです。神託を果たす最初の一歩になればと思ってます」
「なるほどね、分からない部分もまぁあるけど、やりたい事はよく分かった。だがね、肉だって無限にあるわけじゃないし、無駄にされるのは正直困る。この意味は分かるよな?」
「はい、よく分かってます。使う分はキチンと買い取ります」

 ルーティは少し悩んでたけど、奥さん……名前聞いてなかった、後で聞いておこう。
 奥さんとエルティの「いいんじゃない?」という魔法の呪文でコロッと快諾してくれた。
 愛妻家なのか、親バカなのか、単に尻に敷かれてるのか……たぶん全部だね。

 さっそく腹所(厨房)に移動して、四人分の【弾速猪(ショットボア)の肉】を分けてもらう。
 約束通り提示された額を払ったけど、まだこの世界の相場(・・)がよく分からないや。

 切り分けてもらっている間に、奥さんの名前は【エルネ】だと教えてもらった。
 エルネ+ルーティ=エルティ、なるほど。

「そうだ、お酒ってありますか?」
「あるよ? どれくらい必要なんだい?」
「えーっと……そこの器の半分よりすこし少ないくらいの量が欲しいです」

 中央の作業台に置いてある石の【ボウルのような深い器】を指差して必要な量を伝えると、ルーティは躊躇いなくドボドボと注ぎ始める。

「あ? 気にすんなって、この石器(いしうつわ)使ってもいいから……よっと、こんなもんでいいかい?」
「あ、ありがとうございます。それくらいで大丈夫です」

 豪快で男前なルーティにお礼を言ってお酒と同じ量の水と、肉を入れる。
 それから、腰に下げていた小さな布袋をコトリと作業台に置いた。
 必要な準備はこれで全て整った。
 後は調理するだけなんだけど……。

「ルーティさん」
「ん? どうした?」
「これから料理を始めるんですが、普通に作ると一節(一日)くらいかかる作業なんです」
「なんだい! すぐに出来ないのかい?!」
「えぇ……なので、今回は魔法を使って短縮します。腹所(厨房)が大変な事になるようなマネはしませんが、一応許可をもらえたらと……」
「あ? なんだそんなことかい、危なくないんだったら構わないよ」
「ありがとうございます」

 さすが、即答でしたな。
 どんな魔法を使うか教えてもないのに、ここまでスッパリ言われると逆に言葉に詰まりそうになっちゃうって。

 ……この時ルーティは、ちょっと火を出すだけだろ、と予想して余裕綽々でいたのは他の誰にも分からない事であった。


☆説明書 年月日の概念

 年を表す単位:【星歴(エトワルーネ)
 星歴は十三の詠で区切られている
 星歴は三百六十四節で区切られている

 月を表す単位:【○○の(よみ)
 ラウの詠、ヴェーの詠、ティアの詠、ラパーヌの詠、ダージェンの詠、ニーアの詠、シルヴィの詠、ユゥンの詠、エティクの詠、ファウの詠、シヴァリアの詠、キュイの詠、モフィの詠
 ※モフィの詠を過ぎるとラウの詠に戻る
 各詠は四章で区切られている

 週を表す単位:【章】
 一章、二章、三章、四章
 各章は七節で区切られている

 日を表す単位:【節】
 一節、二節、三節、四節、五節、六節、七節
 五星歴に一度だけ、ズレを修正する為にモフィの詠四章八節が設けられている
 地球でいうところの閏年のようなもの

 地球の日付をアノニームに変換すると以下のようになる

 一月一日=ラウの詠一章一節
 四月一日=ラパーヌの詠一章七節
 十二月二十五日=モフィの詠四章二節




 自分からお願いした事とはいえ、村に着いた初日に料理が出来るとは思ってなかった。
 思い切って言ってみるものだなぁと思いながら、調理服に着替えるために呪文を口にする。

「<換装:調理服>」

 瞬間、着ていた服と調理服がシュンッと入れ替わる。
 実を言うと原理は単純で、服を収納して入れ替えるように調理服を取り出しただけなのだ。
 持物(インベントリ)の『身体の一部に触れていれば良い』という条件と、【ショートカットアプリ】を併用した早着替えというわけだ。

 ルーティ達は「おぉ」と小さな声を漏らして、パチパチと拍手をしてくれる。
 あ、いや、どうも、へへへ、なんだろちょっと恥ずかしい。

「では作業を始めますので、少しだけ離れててください」
「あいよ、嬢ちゃんも気を付けるんだよ?」

 一度頷いてからフッと息を吐く。
 酒と水の混合液と肉が入った石器に両手をかざして、手の平に意識を集中させる。
 二秒もしない内に、石器より少し大きめな魔法陣がポウッと浮かび上がってくる。

「……<水操:浸透>」

 唱えた直後、石器から混合液と肉が浮かび上がって、混合液の中で流れが生まれる。
 混合液が肉を貫通するように激しく流れて、みるみる内に肉から血が抜けていくのが見て分かった。
 ちょっと分かり辛いけど、水分を含んで肉がほんの少し大きくなった気がする。

 その状態を維持すること五分くらい。
 良い頃合いだと判断して流れを落ち着かせていく。
 そして、ゆっくり石器の中へと戻す事に成功した。

「ふぅ……ちょっと疲れたかも……」

 野営した時に少しだけ魔法の練習はしたけど、イメージ通り出来るか不安だったのもあって気疲れしてしまった。
 額を汗が流れるのを拭いながら後ろを見ると、ルーティさんが驚愕の顔で硬直していた。

「な、なんだい……今のは……」
「まぁまぁ~♪ とっても綺麗だったわぁ~♪」
「うわー! すごかったー♪」
「あはは、ありがとうございます。本当は魔法を使わないで処理する工程なので、思いっきりズル技なんですけどね……」

 そう言いながら、用意してもらった清潔な布で肉の水分を軽く拭き取って、浸かり具合を確認してから火にかけてもらっていた鉄板の温度を確認する。
 手をかざすと問題なさそうだったので、早速焼こうと思ったが……。

「おっと忘れるところだった。ルーティさん、この石を少し削ってほしいんですが、できますか?」

 作業台に置いていた小さな袋から、半透明なピンクの石を取出して見せる。
 呆然としてところに声をかけると我に返ったようで、身体をビクッと跳ねさせた。

「ひゃいっ! あ……あぁー! はいはい削るのね、大丈夫だよ? 削るのね、いけるいける任せなっての!」

 少女のような声を上げて、顔を真っ赤にしてワタワタと慌てて奪うように受け取る。
 なんだこの可愛い生き物……エルネさんが両頬に手を当ててニマニマしているのは、きっと見間違いじゃない。

 腰に差していたナイフでガリガリと削り始めたけど、耳はまだ真っ赤なままだ。
 エルティさんも普段見ない姿に終始ニコニコしてて、二人はとても楽しそう。
 ガリガリと削る音が止むと、削られた石が乗った平らな器と残りを差し出される。

「このくらいで良いかい?」
「ありがとうございます、助かりました」

 お礼を言って受け取ると、削られた物を小指にちょっとだけ付けて口に運ぶ。
 事前に鑑定で調べて分かってたけど、コレは間違いなく岩塩(・・)だ。
 るんるん気分で綺麗に並べた肉にパラパラとまぶし、熱々の鉄板の上に乗せていく。

 ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!

 豪快に焼ける音と、立ち上る白い煙と腹所(厨房)に充満していく匂い。
 それを嗅ぎ取ったのか、後ろから別の音が聞こえてくる。

 グウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!

 ルーティさんの腹の虫が鳴いたのかと思ったけど、三人共お腹を押さえていた。

「嬢ちゃん、なんだいこの匂いは! なんて表現したらいいんだ……分からんが、凄く良い匂いだ!」

 その言葉に、ニッと顔を綻ばせながら肉を裏返す。
 しっかり中まで火が通るように蓋をして蒸し焼きにしていく。
 程よく火が通ったのを確認してから、一枚ずつ皿に乗せて作業台へ移す。

「さぁ完成しましたよ、早速食べましょう」

 それぞれ皿を持って腹所(厨房)を出ると、すぐ近くの机に座っていく。
 真っ先に座ったルーティが、もの凄くソワソワしている……可愛いな、くそっ。

「よく噛んで、肉の味を感じてください。【食】という文化を広める事の意味を分かっていただけると思いますので……」

 二人が頷く中、ルーティさんだけ肉を凝視しながら何度もコクコクと頷く。
 なんか、ヨダレ垂らして我慢して待ってるワンちゃんみたい。

「それでは、いただきます」
「「イタダキ……マス……?」」
「さっきも言ってましたけどー、それってなんですかー?」
「あぁ、私の故郷の食前の挨拶なんです。料理に使った全ての命に感謝して、無駄なく残さずいただきます、という意味の言葉ですね」
「良い言葉ねぇ~♪」
「命に感謝する言葉か、確かに良い言葉だ。では改めて……」
「「「イタダキマス!」」」

 四人で手を合わせて軽く会釈、それからナイフとフォークに手を伸ばす。
 さっそく肉にナイフを入れると……。

「な、なんだいこの柔らかさは! 全然硬くないじゃないかい!」
「うわー! すごーい!」
「まぁまぁ~♪」

 ルーティさんは柔らかさに驚いて、微かに手が震えている。
 ごくりと喉を鳴らして、口に運んで、咀嚼。

 一噛み……

 二噛み……

 皆の顔がだんだんと蕩けていく。
 そうだろうそうだろうと見届けてから、一切れ口に入れて頬張る。
 塩を振っただけだし味付けとしては物足りないけど、肉の味がしっかりしてるのもあって十分に美味しい。

「ふわぁぁぁあああ……これは本当に弾速猪(ショットボア)の肉なのかい?」
「はい、間違いなく。酒と水の混合液に漬けることで、臭みの原因である血がしっかりと抜けて、肉も柔らかくしてくれるんです」
「それだけでこんなに柔らかくなるのねぇ~♪ 昔から獣臭さが気になってたけどぉ~、こういう物だって諦めてたわぁ~♪」
「そのまま焼けば獣臭さは無くなりますが、肉の味だけになってしまいます。なので【塩】を使いました」
「【シオ】ってなんですかー?」
「味を付けるのに使う調味料の一つで、ルーティさんに削ってもらった石がそうです。ちょっと舐めてみますか?」

 そう言ってから削った残りを机の上に置いて舐めるように勧める。
 それぞれ少し指先に付けて、ペロッと舐めて目を丸くする。

「海の水に似てるけど、ちょっと違うね……これが【シオ】ってやつかい」
「さすがです。正確には【岩塩】といって、地中に溜まった海の水が長い年月をかけて結晶化した物なんです。地下者(アングラー)にあったので、この辺りは昔海だったのかもしれません」

 ルーティさん達の関心の眼差しがこそばゆい。
 この辺りの地形や歴史は説明書で読んでるから、十中八九間違いないのだ。

「ちなみに、岩塩を舐めて感じたのは【塩っぱい】という味です。塩を振って焼くと、肉の水分が逃げにくくなって、より柔らかく焼けるんです」
「嬢ちゃんはすごいな……腹に入れるだけじゃない【料理】か……。これを食べた時に湧いた感動が何か教えてくれるかい?」
「それは【美味しい】といいます。味には種類がありますが、それらを口にして湧き上がる喜びや感動を【美味しい】と表現します」
「なるほどね……嬢ちゃん、凄く【美味しい】料理だった。是非、あたしにも食を広める手伝いをさせてくれないかい」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 慌てて椅子から腰を浮かせてガッチリと握手を交わして、二人一緒に頬が緩んだ。
 その後は、それぞれ残りの肉を味わいながら和やかに談笑して、詳しい事は明節(明日)ゆっくり話をしましょう、という事で解散した。

 たまたま手に入ったから岩塩を使えたけど、たぶん血抜きをしただけのお肉でも感動してくれたと思う。
 今日はきっと、初めて感じた【美味しい】を思い出しながら眠るんだろうなぁ。
 そう思いながら瞼を閉じた。


――Side フランツ

 門番を次の担当と交代して、疲れた身体を捻ったりしながら歩き慣れた道で自宅へ向かう。
 その途中、幼馴染の店から慌てて出てくる人を見かけて、何事かと中を覗いてみるとエルネさんの殺気をもろに浴びてしまった。

「なにやってんのよあの夫婦は……くそっ危うく落ちるところだった」

 頭を振ってなんとか耐えると、面白そうな話が聞こえてくるじゃないか。

「やっぱり、あのシラカミサマ(・・・・・・)は何か目的があって来たんだな!」

 話が一段落ついたのか、腹所に移動するのを見届けてからコソコソと店内に侵入。
 入り口横にもたれ掛かって、見つからないようにソーッと中を覗くと……。

「うわっ急に服が変わった! な、なんだあの魔法は……! うお、この匂い……!」

 不意に漂ってきた匂いに腹が鳴ったが、タイミングよくルーティさんの腹の音と重なってバレることはなかった……よかった……。

「やべっ! こっちに来る!」

 皿を持って移動してくるのに気付いて、慌てて店の外に出て難を逃れた。
 でもあの匂い……気になってしかたない……観察続行だ。

「うわっなんだあの肉……いいなー……あーららぁ、だらしない顔しちゃって」

 声を殺しながら、珍しいものを見れたとクツクツ笑い、見つからない内に店から離れた。

シラカミサマ(・・・・・・)はわざわざ肉の食い方を教えに来たのか? ……俺も話に混ざれないかなー」

 そう言いながら、軽い足取りで自宅へと戻ろうと思ったんだが……。

「あ、腹入れ……あの様子じゃもう無理か……はぁ……」

 大きく溜め息を吐いてトボトボと自宅に帰っていくのだが、実は綴文にチラチラ見られていた事には、全く気付いていないのであった。

しおり