第3話:料理人、第二の筋肉と出会う
門を潜って村に入ると、
遠くから見た時にも見えたけど、家は疎らに建ってて、村としての規模は小さい方みたいだね。
家以外に何かないかなーとキョロキョロしながら歩いていると、程なくして右側に白い看板がぶら下がっている建物を発見。
かなり大きめな作りだけど、それだけお客さんが来る宿屋って事なのかな?
っていうか、所々に斜めブロックが使われてるけど丸みは全く無い。
やっぱり
村の大きさと平穏さを見ると、そもそも宿屋が必要そうには見えないけど……。
そんな事を考えながら二段だけある階段を登って、入り口のドアを開けた。
「ようこそ【
ほんわか間延びした可愛らしい声で歓迎された、おぉなんかすごい和む声。
奥のカウンターに向かいながら軽く見回すと、食堂(食の概念が無いから違うかもしれないけど)も一緒にやってる宿屋だと分かった。
入口側に机と椅子が並んでいて、奥に受付、右隣の部屋は厨房……かな?
受付の右隣には階段があって、上った先に宿泊用の部屋があるんだと思う。
「一部屋お願いしたいんですが……あ、門番のフランツさんの紹介で来ました」
「あぁフランツくんの♪ ……んー? あれー? 子供一人だけですかー?」
あはは、これは完全にパターン化するやつですねわかります。
あっちでも似た事は何度もあったし、気にしたら負けだって分かってるし。
軽い感じで訂正すると、あっさり受け入れられて逆に驚いた。
「えへへー♪ こんなにちっちゃ可愛いのに、お姉ちゃんなんですねー♪」
「あはは……あー、お部屋借りるのは大丈夫ですよね……?」
「あ、そうだった! 忘れるところだったよー♪ ありがとー♪」
ポワポワ笑顔が可愛いなちきしょう! 許しちゃう!
そんなこんなで、少し安めの値段で無事部屋を借りられた、良かった良かった。
「お部屋は二階の一番奥からー、二番目の白いお花の扉ですよー♪」
鍵を受け取った後に部屋や宿内でのルールを教えてくれて、笑顔でお礼を言って早速階段へ向かう……。
「あ!
ん? 何か聞き慣れない言葉が聞こえたけど……まぁ後で聞けばいいか。
階段に足をかけて「わかりました」とだけ答えて、いざお部屋へ。
部屋の前に着くと、扉には言われた通り白い花が描かれた木の板が下げられていた。
他の部屋にも何かしらが描かれた板が下がってるから、間違える事はなさそうだね。
扉を開けて中に入ると、三畳程の広さに簡素なベッドと小さな机が置かれているだけのシンプルな部屋だった。
「狭いけど、今の所寝起きにしか使わないし十分だね」
まだ夕方には時間があるし、ちょっと村の中を散歩でもしましょうかね。
受付にポワポワ少女がまだ居たから、散歩してくる事だけ伝えて宿屋を出る。
案内を申し出られたけど、村の広さ的にすぐ終わっちゃいそうだし、やんわりと断っておいた。
……少女散歩中
ぶらっと歩いてみたけど、やっぱり直ぐに見終わってしまった……。
同じくらいの大きさの家が十二戸、それより少し大きめなのが一戸。
それとは別に、白い看板の【白々亭】、茶色い看板と灰色の看板、あと黒い看板の建物があった。
建物はどれも木造の豆腐建築で、斜めの屋根は無かった。
畑なんかも無かったし、家畜を飼ってる様子も無かったけど、村人は何で稼ぎを得てるんだろ?
黒い看板がかかった石造りの豆腐建築は【
好奇心に駆られて中を覗いてみたけど、予想してなかった意外な出会いがあった。
必需品が身近で手に入ってホクホクだったし、定期的に利用させてもらいますねー。
かなーーりゆっくーーり見て回ったつもりなんだけど時間が余っちゃったよ……。
しかたないし、宿屋の近くにある大木の下で休憩でもしましょうかね。
一息吐いた後、ジジィが入れてくれた説明書をもう一度読んでおくことにした。
「<
現れたタブレットが、ホーム画面から
プルミ村に来るまでに色々拾ってたのもあって、画面はそこそこカラフルだ。
・調理服一式
・愛包丁一式
・説明書
・蜜柑っぽいの×3
・林檎っぽいの×2
・木の棒×34
・小石×21
・薬草×3
・
・
・
・
・雑草×22
「ふふふっ蜜柑はもう少しとっておくんだー。ゼンシン様の贈り物だし大事にしないとね!」
『説明書』と念じるとポンッと手の中に現れる。
それを持って木の根元に腰掛けて表紙を開く。
中身は日本語で書かれてるし、改めて1ページ目からじっくりと読んでいくことにした。
転移した平原にあった大木を中心に、周辺の歴史や地理、現存する種族と続き、自身の事や所有スキルの説明なんかが載っている。
歴史本を読んでいるような気分で楽しかったけど、一通り読み終わると
色んな知識を得る事ができたけど、その中には当然
『念じれば視界内のアイテムを収納可能。取り出し時も同様で視界内であれば任意の場所に出すことが可能。死角や背後は収納も取出しも不可』
出し入れが楽だし凄く便利なんだけど、何もない所に急に物がポンッと出てくるあたりとか、なんだかんだまだ慣れないのは正直ある。
☆説明書
容量無限、時間停止機能付きの亜空間収納庫。
視覚内の任意の物を収納、任意の場所に取出しが可能。
その為、壁の向こうや背後等の視覚外に出す事は出来ない。
手の中など身体の一部に触れた状態であれば、視覚外でも出し入れできる。
また、生物を入れる事はできないが、死体であれば可能。
気絶や氷漬け、石化などの【一時的に意識が失われた状態】であれば可能。
例外として、テイムした獣魔や奴隷など【所有物】として扱われる場合は意識があっても収納可能。
その場合、対象にのみ時間停止機能が適応される事はない。
収納物に対して内部干渉はできない。
その為、内部で木材に火を付ける、石化を薬で解除する、等の行為は行えない。
☆
大きく伸びをした後、調理服や包丁を出し入れしてみたり、拾った物を出して確認したりした。
ちなみにタブレットのアプリはこんな感じだった。
一ページ目:プリインストールアプリ
二ページ目:生前インストールしてたアプリ
三ページ目:
無駄にページが多いと面倒だから、使いやすいようにパパッとフォルダ分けして1ページに収めてやりましたともさ。
そんなこんなしてるとうっすら橙色が見えて来たし、ゆっくりと白々亭へと歩くのだった。
――
宿屋の扉を開けると、机を拭いて回る女の子がポワポワと声を上げる。
「いらっしゃいませー♪ あ、おかえりなさーい♪」
「ただいま、そろそろかと思って」
「
まだ他のお客さんは居ないみたいで、今ならどの席も選び放題だ。
「ではー、お持ちしますねー♪」
そう言って右側の部屋へ入っていくと、ジューッと肉を焼く音が聞こえてきた。
【肉は焼くだけ】……なんて言葉を思い出してしまった……せめて血抜きはしっかりされてますようにと内心祈るばかりだよ……。
シュレディンガーの腹入れを待ってると、仕事帰りなのかな? 何人か入ってきて席に着き始めたのもあって、少し慌ただしい雰囲気になってきた。
それにしても、村人の収入源が本当に謎すぎる。
「お待たせしましたー♪ ごゆっくりどうぞー♪」
コトッと目の前に置かれた皿には一枚の焼いた肉、両隣にはナイフとフォーク……のような物。
ナイフは何処からどう見ても
フォーク……のような物は、先端が二股に別れた真っ直ぐな木の棒……こんな時どんな顔すればいいか分からないアニメに、こんな感じのが出てきたような気がする。
「……いただきます」
「……?」
食の概念が無いんだし道具があるだけマシなんだ、道具があるだけマシなんだ……両手を合わせてから肉を切る。
何故か隣で見てるポワポワ少女に「切るの上手いですねー♪」なんて言われたもんだから、少し照れる。
そして……ついに……口に肉を運んで一噛み……あー。
「これは……アカンやつや……」
「えっ??」
獣臭いなんてレベルじゃないし血の臭いも半端じゃない!
本当は匂いで分かってたよ! やっぱ血抜きしないで捌いて焼いただけだったよ!
シュレディンガーよ……何故私の期待を裏切った! ちきしょい!
物心ついた頃から毎日食べてれば「こういうもの」ってなるかもしれないけど、そうじゃないならとてもじゃないけど食べられたものじゃないレベル。
じゃないって3回言うレベル……。
「店員さん……」
「エルティだよ?」
「……店員さん」
「エルティだよ?」
「…………エルティさん」
「はーい♪」
「失礼を承知でお願いしますが、
「
ピューッ! と聞こえてきそうな勢いで右隣の部屋に飛び込んでいった。
ちなみに、腹所は厨房のことだって説明書に書いてあった。
周りのお客さんが何事かと少しザワついちゃったけど、エルティと一緒に屈強そうな女性が現れたことでピタリと収まった。
なんだろう、雰囲気がゼンシンにそっくりだ。
「あんたが
「…………え?」
一瞬、背景に宇宙空間が広がっていたかもしれない。
「お父さんに聞いてくる」と言って連れて来られた人が、どう見ても女性にしか見えない。
「ん? どうしたんだい? 具合でも悪くなっちまったのかい?」
「あ、いえ! 大丈夫です! とても逞しい筋肉だったので、つい見惚れてしまいました」
「がっはっは! この筋肉の良さが分かるのかい! ちみっちゃい嬢ちゃんのわりに、見る目があるじゃないかい!」
男前で豪快な笑い声でバシバシ叩いて……ちょっ、もうちょっと手加減してください、折れる折れる折れる。
いやたぶん、この人が本気で叩いたら本当に骨が折れてるんだろうけど……そう思えるくらい本当に逞しい身体をしてるんだよ、この人。
そんな事を思いながらも、説明書のあるページを思い出していた。
(そうだった、こっちの人族由来の種族は性の概念が全く違うんだった)
☆説明書 人族 ※一部抜粋
性的生態として、股には女性的な性器が備わっており、膣口はガッチリと閉じている為平時は開く事は無い。
男性的な性器は陰核が肥大化して形成され、精巣は体内に収納されている。
平時の状態では性器を見ただけでは男性的か女性的かの判別はほぼ不可能。
その為、単純に性器を見ただけで性的興奮を示す事は滅多に無く、性の象徴としてはいささか弱いものとなっている。
精巣と卵巣の両方を有している為、双方からホルモン分泌がされている。
しかし、同量のホルモンが出ているわけではなく、どちらかが多かったり少なかったりと個人差がある。
男性ホルモンが多ければ外見は男性的になり、性交時も膣口はガッチリと閉じて陰核が肥大化する。
女性ホルモンが多ければ外見は女性的になり、性交時は膣口が緩み、陰核の肥大化は起こらない。
若干の誤差はあるが中性的なバランスである場合、外見はどちらとも取れるものになり、性交時は膣口が緩み陰核が肥大化する、という両性の状態になる場合もある。
しかし世界には例外というものがつきもので、外見は女性的にも関わらず男性ホルモンが【濃い】為に、外見は女性的、性器は男性的というパターンが起こることがあり、当然逆も存在する。
その為、外見女性的同士、外見男性的同士の結婚や出産は当たり前にあり、他種族から見てもごく普通で当たり前の事と認識されている。
その場合、性格にも大いに影響が出る為、豪快でオヤジ臭い外見女性的であったり、いわゆるオネエな外見男性的であったりする。
あまり無いことではあるが、ストレスや外的要因によってホルモンバランスを崩し、性的性別が逆転してしまうことがある。
早期改善がされれば回避できるが、長期に渡ってバランスを崩したままでいると元に戻らなくなることがある。
これがきっかけで離婚や離縁されることもあり、社会的に扱いが難しい問題となっている。
このような生態は人族のみではなく、人族由来の亜人も同じ生態をしている。
しかし体が縮小化する進化が始まる前は男と女がはっきりと別れており、進化の過程でより多く子孫を残す為に、男にも女にもなれるよう体が【両性化】した結果である。
☆
「あっあの!
「あぁ? まあそれは構わねぇよ? 何するのかくらいは教えてもらうが、いいよな?」
「はい。とても失礼な話ですが……私にとって、この肉は食べられた物ではないんです。私に焼かせてもらえませんか?」
「……なんだって?」
瞬間、ルーティの背中から殺気が立ち上り、すぐ近くに居たお客さんが恐怖のあまりバタバタと逃げ出していく。
咄嗟に逃げたい衝動に駆られたけどなんとか気合いで持ち直して、ルーティから視線を逸らさずに耐え続ける。
たぶんほんの数秒しか経ってないと思う。
不屈の心で耐えていると、ルーティの後に一人の女性が現れたのが見えた。
「あなたぁ~? な~にお客さんを怖がらせてるんですかぁ~?」
とても穏やかな笑顔だけど、ルーティ以上の殺気がバチバチ飛んでる! 怖い!
あのポワポワなエルティの顔が凍りついてるよ!
ルーティが恐る恐る振り返ると、そのまま硬直して動かなくなってしまった……。
「うふふぅ~♪ お話はぁ~聞こえてましたよぉ~? 私にもぉ~詳しく聞かせてもらえますかぁ~?」
「うひゃい!!」
身体がビクッと跳ね上がって声が裏返ってしまった。
ちゃんと説明しないと殺される……咳払いをしてから、ドコかに落とした平常心を必死に探しながら説明を始めるのだった。