ハルジオン・デイズ - 食に関心の無い世界を料理人が歩み行く

　昔お祖父ちゃんの家にあったテレビみたいに、急にブツッと暗くなってビックリした。
　一瞬「またかっ！」って身体が強張ったけど、風とか草の匂いで目を閉じてるんだなって気付けた。
　目を開いたらそこは……あぁ、本当に知らない世界に来てしまったんだなぁ。

「はぁ……なんでだろう、私怒ってたはずなんだけどなぁ……」

　風の爽やかさと雄大な自然を見たらスッと消えちゃったよ。
　知らない料理を求めて世界中を飛び回ってきたけど、ココほど空気が澄んだ場所は無かったと思う。
　暖かな陽の光、広い空、そよぐ風、自分の背丈より少し低い草の擦れる音が心地良い。

「この草、十センチくらいかな？　身長が十分の一になってるって本当だったのね」


☆説明書　縮小化という進化

　ライオンや象などの様々な動物が【猛獣化】する事例が発生し、それらから隠れるように逃げていた動物達は途方もない年月をかけ、最も適した形の進化を辿ってきた。
　結果、世代を重ねる毎に身体が縮小化していき、人族は縮小化が始まる以前と比べて十分の一程の大きさになる迄になった。

　力の無い弱い動物も同様だが、性格や環境によってその縮小率には倍程の差が出ている。
　虎や猪などの力の強い動物は五分の一程に縮小しているが、これらは脅威となる【猛獣】だけでなく、より凶暴な【変異種】から逃れる為だと言われている。

　しかし世の中には例外がつきもので、凶暴・獰猛な性格の個体がそれに含まれる事となる。
　脚が異常に発達した【蹴兎(キックラビット)】や、驚異の突撃力を持つ【瞬速雀(ラピッドスパロウ)】が良い例と言えるだろう。

☆

　すぐ後ろにあった木に背中を預けて座ると、地面に手を付いた時に何か違和感が……。
　土も草も感触が……柔らかい？　なんか毛の塊みたいな……。

　そう思ったら背中の木が気になって、バッと振り返ってペタペタ触ってみる。
　木の感じはあるんだけど、やっぱり柔らかい物を触ってる感触がある。
　羊毛みたいな感じかな？　強く押しても指は沈まないから、硬さは木のままみたい。
　そういう種類の木……ってことは無いよね、土も草も同じなんだし。

　色々思うところはあるけど、今考えてもしかたないか。
　そう結論付けて立ち上がったけど、柔らかい感触よりすごい違和感が飛び込んできた。

「木が……丸くない？　え、なんで？　それに……」

　大きくて太くて身体が縮んでる事を改めて実感したけど、この木、どう見ても丸みが無い平面なのだ。
　木の周りをぐるりと回ってみると、角を切り落とした感じの八角形だってことが分かった。
　そこで一つの可能性に気が付いて周りを見渡すと、地面に碁盤の目みたいな節目？　みたいなのがうーーーーっすらと見えた。

「これ【壊創(デスクリ)】と同じじゃん……こんなの説明されてないよ神様……」

　もうなんなのコレ……鏡見たら情けない顔してるんだろうな……ははは……。


☆Ｔｉｐｓ　壊創

　ＤＥＳＴＲＯＹ＆ＣＲＥＡＴＩＯＮ
　海外発の世界的有名ＰＣ箱庭ゲームで、壊すのも創るのもプレイヤー次第。
　世界を見て回ってもよし、街を作るのもよし、アイテムを作ってコレクションするのもよし、敵を倒して最強を目指すもよし、やれることは無限大。

　ユーザーが追加要素を作ったり、物の外見を変更するパックを作ったりと、プレイするだけではなく拡張性も高く、子供から大人まで幅広い年齢層に人気がある。
　某動画サイト以外にも色々なメディアに取り上げられ、教育の現場に取り入れられたりと認知度もかなり高い。

☆


――

　一度思考をリセットしようと伸びをして、清々しい空気を体に入れて吐き出す。
　改めて周りを見てみると、デザインに見覚えがあった。

「この木のデザインもだけど、よく使ってたミニアチュリアと同じだね。柔らかく感じたのはフェルトクラフトの影響かな？」

　大好きな壊創と似た世界なのは嬉しいけど、さすがに前もって教えてほしかったよ……ホントにさ……。

「慣れ親しんだ壊創と似てるのは好都合な気がするし、素直に受け入れるよまったく」

　っと、突っ立ってるわけにもいかないし、これからの事を考えなければ……。
　ぐるりと一周見回してみたけど、近くに草以外無し、遠くに密集した木があるくらいか。

「適当に歩くのも怖いし、言われた通り地図(マップ)の確認でもしますかね」

　神様達に「まず地図を確認して人が居る場所に行きなさい」って薦められてたし、さすがに野宿はしたくない。
　まぁ着くまでは野宿でもしかたないだろうけど、何日もは勘弁願いたい。

「えーっと、たしかスキル名言うだけで良いんだよね……＜タブレット＞」

　意識しながらそう言うと、パッと目の前にタブレットが現れた。
　幾つかアイコンが表示されてるけど、デザインはそのままだからすぐに地図を発見。

「いやー言ってみるもんだね、愛用のタブレットを使えるようにしてほしいって」

　駄目元で頼んでみたら、人工遺物(アーティファクト)化すればいけるってことで光の速さでお願いしたよ。
　アイテム等級を付けるなら最上位の幻想級(ファンタズマ)になるらしい。


☆説明書　アイテム等級

　この世界のアイテムには等級があり、その稀(レア)度を示す。
　しかし、一般に鑑定の魔法は存在していない為、あくまで目利きや入手難度によるもの。
　現状、一般人が寸分違わず正確に等級を知る方法は存在していない。

　普級(コモン)、特級(アンコモン)、稀級(レア)、特稀級(アンレア)、超稀級(スーパーレア)、極稀級(ウルトラレア)、伝説級(レジェンダリー)、神話級(ゴッズ)、創生級(ジェネシス)、幻想級(ファンタズマ)
　の順に稀少性が上がっていく。

☆


　早速アイコンをタップすると地図アプリが立ち上がる。
　私を中心に周囲の地形が表示されてるみたいだけど……。

「うわー、緑一色だ……見事に平原しかないわけね。お、３Ｄ表示もできるんだ。倍率を下げてどの方向にしよう……西でいっか、あ、あった！」

　今居る場所から歩いてどのくらいあるか分からないけど、西南西の方向に村があった。
　一日も早く村に入る、それから寝床を確保する、全てはそれからだ！

「ん……」

　いざ行かん！　と一歩目を歩き出したんだけど……。
　いやいやまさかそんな事は……。

「ショ、ショーツの転移……忘れちゃったのかな……？」

☆説明書　下着

　この世界に下着の概念はなく、老若男女問わず穿いていない。
　平民も貴族も王族も等しく穿いていない。

　ただし、オシャレを目的とした胸に巻く布は存在している。
　しかし下着としての用途ではなく、あくまでオシャレのための物でしかない。

　※この時の綴文は、この項目の存在に気付いていません。

☆


――

　緩やかな丘を越えて、流されそうになりながら川を渡り、また道なき道を目的の方角へ突き進んで行く。
　途中で空が暗くなってきたから仕方なく野宿。
　色々拾いながら歩いたんだけど、その中にあった林檎っぽいのを噛じって酸っぱさに顔がキュッとなった。
　一息ついてから下着の確認をする心の余裕はあったよ、うん。

　少なくともショーツを穿いてないのだけは疑う余地の欠片も無く決定的明らか。
　ブラはスポブラしか使ってなかったし、あってもなくてもね、スルースルー。
　今も昔もすっとんぺったんささやかちっぱいですから、何も気になりませんよ。

　なにはともあれ大きなはっぱを掛け布団に、木の根元にぽっかり空いた穴の中で超熟睡。
　流石に気配は分からないけど動物の鳴き声も聞こえないし、警戒心も無く油断し過ぎな自覚はあります、はい。

　起きてからも着々と距離を縮めて、使えそうな物を拾いつつ、合間の休憩中に魔法の練習をしながら目的の村に近付いていく。
　運が良かったのか分からないけど、ここまで生き物に出会う事は一切無かった。
　お肉食べたかったなー。

「おー、地図で見た時は小さい村だと思ったけど……やっぱり小さい村だなぁ」

　村自体はあんまり高くない柵に囲われてて、ポツポツと建物も見える。
　ちょうど村の入口がある方に来れたみたいで、小さなアーチと門番らしき人が確認できた。

　四角い太陽は真上からそこそこ傾いた状態で、夜まではまだ時間がありそう。
　そう思いながら鼻歌を唄いながら門に近付いていくと、門番らしき人が駆け寄ってきた。

「お嬢ちゃん一人かい？　親御さんは？　もしかして迷子か？」
「え、わっ、いえ？　私一人です。この村で宿をとろうかなと……」
「なんだって！！　君みたいな幼い子が一人で外を彷徨くだなんて、危ないじゃないか！！」

　うわびっくりした！
　言い終わる前に大声を被せられたのもあるけど、あろうことか子供扱いされるとは……。
　これでもあと二年で成人だし、結婚出来る年齢はとうに越えてるんだけど……。
　隠せなかった苦笑いで見つめると、門番らしき人は疑問に思いながらも話を聞く姿勢を見せてくれた。

「……こう見えて十八なんですよ。十の頃から成長が止まりまして……」

　百四十センチ、今は十四センチか、その見た目だけで判断した失言に気付いたみたいで、サーッと顔が青褪めていく……間違えるよね、小さいし、なんかごめんよ。

「…………その、なんだ……すまなかった……」

　気不味い空気が流れてるけど、私は早く村に入りたいのだ！

「門番さんですよね、さっきそこに立ってたし。宿屋ってありますか？」
「あ……あぁ！　宿屋、宿屋な！　門を潜って少し歩くと右側に白い看板の建物があるから、そこに行くといい。幼馴染の店だから『門番のフランツの紹介だ』とでも伝えれば、少しは安くしてくれるはずだ。是非行ってみてくれ」
「ありがとうございます、助かります！」

　ペコリと頭を下げると、気にするな！　と照れくさそうに笑って門の前まで先導してくれた、良い人でよかった。
　門にはこっちの文字で【プルミ】と書かれてて、地図に載ってた名前と同じだとわかって安心した。

　ん？　なんで文字が読めたのかって？　それは基礎スキル【言語理解】を持っているからなのだ！
　門番さん、フランツと会話ができてるのも、このスキルのお陰なのだ！

　フランツを見て（人はカクカクしてないんだなー）とか思いながら、門を潜って村への第一歩を踏み出した。


――神界Ｓｉｄｅ

「無事着けたみたいっすね！」
「これで……あ、安心……」

　卓袱台を囲むように三柱の神が座り、下界を見下ろしていた。

「転移して直ぐに死んでしまってはイカンからの」
「何かしたんっすか？」
「こっそり獣除けをの、門を潜ると効果が切れるようにしておいたんじゃ」
「や、優しさ……？」
「いや……罪滅ぼしじゃ……」
「「あぁ……」」

　若干顔色が悪くなった老人が深く溜息をつくと、二柱は苦笑いをするのだった。


――フランツＳｉｄｅ

　たまに門の近くに攻撃的な動物が現れる程度で、基本騒がしい事の無い平和な村。
　そんな村で門を守るのが俺の仕事だ。

　この節(日)も特に何も無く、もうすぐ交代かなと大きく欠伸を一つ。
　思い切り伸びをして片目を開けると、小さな人影が近付いてくる……。

「子供か？　八、いや九数えたくらいか？」

　いやいやあれはどう見ても子供だろ！　他に人は……まさか一人なのか！
　いくらそこそこ安全とは言え、危険が全く無いわけじゃないんだぞ！
　まさか連れが死んでここまで辿り着いたとか、そんな感じなのか？

「ん？　髪の毛が……白い……？」
（御伽噺に似た登場人物がいたような……）

　いやいや好奇心だけじゃないからな、安全のためだからな、何かに巻き込まれたとかだったら保護しないとだからな、大人として当然の行動だ、けっして好奇心だけなんてそんなことは断じて無いからな！
　自分に言い聞かせるようにして「違うからな……」と呟きながら軽い駆け足で近付いていくのだった。


　この若者と料理人の出会いで何が起こるのか……それは誰にも予想できない事でしょう。
　良い出会いとなるのか悪い出会いとなるのか、その結果が出るのはもう少しだけ先の話。