爆弾発言
ドロシーとロドニーが出て行くと、伯爵夫人が 「あなたも出て行ったらどうなの? 教育係はもうここにいる必要はないでしょ」と言った。
彼女の言い方は気に入らなかったが、間違ってはいない。アリッサがここにいるのはドロシーのためで、エルネストの結婚とは関係ない。
「いや、君はここにいていい。いてくれ」
しかしエルネストがそれを引き留めた。彼女がいなくなれば一対二になる。味方がほしいのかと思ったが、アメリアが伯爵夫人にとってどれほど強力な助っ人かどうかはわからないし、エルネストなら十分二人相手に立ち向かえると思う。
「わかりました」
「どういうことですの!」
立ち上がりかけ、再び元の場所に座ると、伯爵夫人は忽ち抗議した。
「私はドロシーの教育係にこの者を雇うことに今でも反対ですが、あなたがカスティリーニ侯爵家当主として決めたのなら、これ以上何もいいません。でも、ここからは侯爵家内部の話です。もう教育係が立ち入る話ではないと思いますよ」
「いいえ、彼女にはここにいてもらいます。私が自分の家で、自分の側に誰を置くか決めてはいけませんか?」
「減らず口ばかりですわね。あなたのお兄様とは大違いね。ここまで頑固だとは思いませんでしたわ」
「貴女の方こそ、ここまで厚かましいとは思いませんでした。カスティリーニ侯爵家の内政に口を出すのは止めて頂きたい」
「わ、私は貴女のこともドロシーのことも心配しているのです。あなたがこれから花嫁に迎える人が、もしドロシーを冷たく扱う人なら、亡くなった娘に申し訳がたちませんもの」
「だから、貴女の選んだ女性を娶れと? ビエラ義姉さんが亡くなって、侯爵家から甘い汁を吸えなくなったから、今度は姪をその座に据えようというのですか」
「な、何ですって!」
エルネストのあけすけな言い方に、伯爵夫人は顔を真っ赤にして叫んだ。
「あなた、無礼ですわ。甘い汁だなんて、私は・・」
「従順? 自分の意見も持たない、ただ男に媚を売るしか出来ないような女性に、好感など持てるわけがないでしょう。ましてや伯爵夫人の意のままに動く人形などお断りです」
エルネストはアメリアに向かって言い放った。
「な、なんですって?!」
「お、叔母様…」
伯爵夫人は金切り声を出して叫び、アメリアは青ざめて夫人の袖を引っ張る。
「話が違うではないですか…」
「だ、黙りなさい!」
夫人は慌ててアメリアを黙らせた。
「ご心配いただかなくても、貴族として結婚して子を設けることの重大さはわかっております。ただ、私はカスティリーニ家のためだけに相手を選ぶつもりはありません。ちゃんと自分の目で見て、この人だと思える相手と添い遂げたいのです」
ちらりとエルネストの視線がアリッサに向けられる。
「え?」
「そんなの…ま、まさか」
夫人は目を見開いてアリッサを見た。
「まさか、あなた正気? 彼女は平民よ」
「え?」
「身分などどうとでもできます。大事なのは私がどう思うかです。もちろん、本人の意見も聞かないとわかりませんが」
今度ははっきりとエルネストはアリッサの方に顔を向けた。
「エ、エルネスト様…」
アリッサは自分に注がれるエルネストの熱い視線に、言葉が出なかった。
まさかと思うが、エルネストが自分を妻にしたいと思っているということだろうか。
「アリッサ、私は結婚するならあなたがいいと思っている」
エルネストはアリッサに手を伸ばし、その髪を一房掴んで唇を寄せた。
「エルネスト…様」
「あ、愛人にしたいならすればいいわ。アメリアも気にしないわよね」
「え、あ、ええ…」
「仮にも侯爵夫人が平民など、有り得ないわ」
「愛人? 口を慎んでもらいましょう。愛人など作る気もない。当然彼女が正妻で、他には誰も置くつもりはない」
アリッサはすっかり気が動転してしまっている。彼は本気なのだろうか。
ドロシーの教育係にしようとするくらいだし、離れの改装などアリッサの出す条件を飲んでくれ、それで雇ってくれるくらいなのだから、好かれてはいると思っていたが、まさか結婚相手にしようとまで思ってくれているとは。
呆気に取られて何も言えない。
一体全体何がどうなっているのか。
(あ、そうか…)
エルネストはこういう場面を想定して、伯爵夫人に諦めさせるためために、アリッサを利用しているのだと思い至った。
(そうよね。他に候補がいるとなれば、普通なら引き下がるもの)
しかし、相手が高位貴族ならいざ知らず、今は平民のアリッサでは説得力に欠けると思うが。
「平民を教育係に付けるのも前代未聞なら、正妻に迎えるなんて、あなた騎士団で頭でも打ってきたの? それとも元からおかしいのかしら」
「どう思われようと、私は正気です。ちなみに騎士団での訓練は厳しかったですが、頭は打っていません。そういうわけですので、遠路遥々お越しいただきましたが…」
「旦那様、例のものをお持ちしました」
そこへやってきたのは執事長のタッセルだ。
手には濃い小豆色をした簿冊を持っている。
「ありがとう」
エルネストはお礼を言い、それを受け取る
「さて、あなたの用件はもう済んだと思ってよろしいですか?」
「ま、まだよ。納得出来るわけないわ!」
「ここで引き下がった方が身のためですよ」
そう言って、エルネストは執事が持ってきた簿冊をかざした。