伯爵夫人の本音
「まったく、あなたも何を考えているの、たかが教育係を雇うためにに離れを改修までして、気は確かなの」
「ええ、あなたよりは常識というものを弁えているつもりです」
「なんですって! これだから粗野な騎士団出身は、礼儀がなっていないわ。騎士団では身分関係なく平民でも上司になるのでしょう? 平民の命令に従うなんて、信じられないわ」
「ドロシーは両親を亡くしたばかりなんです。その配慮ができない人間に教えてもらう礼儀など、役に立ちません」
「甘やかしてはこの子のためになりません。私はビエラの分も、この子を立派な貴婦人にしなければならないんです」
そう言って、ドロシーに顔を向ける。自分に矛先が向いてドロシーはびくりとする。
「甘えは許しませんよ。親を亡くしたのはあなただけではないのです。貴族たるもの、毅然としていなければなりません。いつまでもメソメソするなど」
「それくらいにしてください。とにかく、ドロシーの教育については後見人である私に委ねられています。あなたもこの子の血縁ですから、これまで一応は立てていましたが、今後は口出ししないでいただきたい」
きっぱりと言い切るエルネストに、夫人はワナワナと唇を震わせ睨みつける。
「後で…悔やんでしりませんよ」
普通なら血管が浮き出そうなくらいに拳を握りしめているが、彼女のふくよかな手は肉に埋もれてそれが見えない。
「私は自分の判断は間違っていないと思っています」
「まあいいわ。ところで、エルネスト、あなたのことですけど」
「私、ですか?」
「ええ、まだ喪に服する期間ですけど、内々にでも結婚相手を決めておくのはどうかしら。喪が明けたらきっとあなたの婚約者にどうかと申し込みが殺到してしまって、大変でしょうから」
ドロシーの教育については諦めたのか、伯爵夫人はすぐに話を切り替えてきた。
「とっくに成人している私の姻戚のことまで、気にかけていただく必要はありませんよ」
エルネストの顔がひきつく。口元が片方だけ上がり、眉間に皺が寄る。ドロシーのことについては怒り心頭という感じだったが、今度は一気に冷気が漂う。
ドロシーのことについては熱くなって、断固戦うそぶりだったが、自分のことになると触れられたくないと思っているのがわかる。
「放っておけばあなたは何もしないでしょ。カスティリーニ家側にあなたの婚姻について世話を焼く者がいないから、私のところに皆さん打診がひっきりなしに来ているのよ」
「それはご迷惑をおかけしました。次からは私の婚約については自分に何の権限もない。預かり知らないことだと言ってお断りください」
「そうは行きませんわ!レイナードが遺しのはドロシーだけ。女の子では後継ぎにならないのですし、またあなたがレイナードたちのようなことになって、ドロシーだけになったらどうするのですか」
レイナードとはエルネストの兄でドロシーの父親の名前だ。
「私が何も考えていないとでも? 伯爵夫人に心配いただかなくても、そのこともちゃんと考えがあります」
「ではその考えとやらを聞かせていただきましょうか。その答えによっては私も引き下がりましょう」
話はもうドロシーの教育係からエルネストの婚約話にまで及んでいる。
もしかしたらそれが本題だったのかも知れない。
「もし、誰も決まった相手がいないなら、このアメリアなどはどうかしら? 」
「は?」
「男ばかりの騎士団にいて、今は侯爵位を継いだばかりで忙しくしていては、出会いの機会もないでしょ。アメリアはこのとおり美人でしょ。それに作法も完璧で、夫に従順だし、実家は子爵だけどお父様は貿易でかなり裕福なの。どこに出しても恥ずかしくない妻になるわ」
「おばさまったら」
そこで初めてアリッサは彼女の声を聞いた。
少し甲高い声で、彼女は恥ずかしそうに「そんなことありませんわ」と言った。
彼女とロドニーが来る前に口を開いたかどうかはわからないが、会話の成り行きをじっと見守り、視線だけを行ったり来たりさせていた。
決して出しゃばらず、夫に従順ということをアピールしたいのだろう。
「そんなことだろうと思っていました。それが本音ですか」
エルネストは今口を開いたアメリアには目もくれず、ほうっとため息を吐いた。
「ベルトラン卿、申し訳ありませんが、ドロシーを連れて席を外してもらえませんか?」
「承知した。さ、ドロシー、一緒にマージョリーおばちゃんのところへ行こう」
ロドニーは立ち上がってドロシーに手を差し出す。
ドロシーは不安げにエルネストを見ながら立ち上がった。
「叔父様・・」
「大丈夫だ、ドロシー、お前はここにいていい。アリッサのことも解雇などしない」
エルネストはそう言ってドロシーを抱きしめた。
「約束よ。もう私を一人にしないで」
「ああ。約束する」
エルネストが抱擁を解くと、ドロシーは彼の頬にキスをしてからアリッサを一度振り返り、ロドニーと共に部屋を出て行った。