尊敬できる男性トップ入り
「う・・」
指がぐっと肉に押し込まれ、体に痺れが走り思わず声が漏れた。
「痛かったですか?」
「だ、大丈夫だ」
「そうですか」
そう言ったエルネストだったが、どうしても彼女の手を意識せずにはいられない。
「ふう・・どうですか? 先ほどより少し解れたと思うのですが」
手を離すと、エルネストが肩を回し首を巡らせ具合を確かめる。
「重しが取れたような気がする」
「良かった。あまり一度に揉みすぎると、返って炎症を起こしますから、今日の所はこれくらいで」
「ありがとう」
振り返って見上げるエルネストと視線が絡み合う。
「その…聞いてもいいかな?」
「何でしょうか」
「こういうのは、他の誰かにも?」
「肩もみですか? はいロドニー様やマージョリー様にも。特にマージョリー様は肩以外の他の部分も揉みます」
筋肉が凝り固まらないように、オイルを使ってマッサージもする。
「他には?」
「他…ですか? 看護学校の同僚とかにも」
「ルクウェルには?」
ジルフリードにもしたのかと聞かれて驚いた。
「え、い、いえ、彼は…彼には一度もありません」
何しろ彼との婚約破棄後に思い出した前世でやっていたことだ。
当然、アリッサと名乗るようになってからしかやっていない。
「彼とは…そこまで…」
そう言いかけて、エルネストと二人きりのこの部屋で、衣服越しとは言え彼に触っている状況が親密過ぎると気が付いた。
「す、すみません、私…馴れ馴れしく閣下に触るなんて…」
少しでも楽になればと治療のつもりだったが、日本とは男女間の距離感が違うのだ。
「い、いや、楽になった。ありがとう。また…頼めるか?」
「は、はい。ご要望とあらば…」
「それから、明日のことだが…」
「明日…ですか?」
「君の唯一の休息日で申し訳ないのだが、少々面倒くさい客が来る。できれば一緒に立ち会ってもらいたい」
「面倒くさい?」
「ディレニー伯爵夫人。ドロシーの母方の祖母だ」
「ディレニー伯爵・・夫人。あの前の教育係たちを推薦してきた?」
「そうだ」
「でも、ドロシー様のおばあ様なんでしょう?」
ドロシーに酷いことを言ったりした人たちを送りつけた人なので、アリッサとしては心象は良くない人だ。
「義姉のことは好きだったが彼女はどうも苦手だ。穏やかで大人しい義姉とは違い、自己顕示欲が強く、派手好きで彼女から義姉が生まれたとはとても思えない」
「そんな人からの紹介でよくドロシーの教育係を雇いましたね」
「正直、ドロシーのことまで気が回らなかった。それに私がどう思うおうと、彼女はドロシーの祖母で、彼女も娘を亡くしたばかりの気の毒な女性だ。ドロシーに対して悪いようにはしないと思っていた。それが浅はかだった」
「ドロシー様に会いに?」
「名目はそうだろうが、自分が送り込んだ教育係を解雇して、勝手に私が君を雇ったことに難癖をつけにくるのだろう」
「え・・」
自分が標的になると言われ、アリッサは顔が引きつった。
誰かの標的になって悪口を言われるのは、ブリジッタの時に経験した。
「大丈夫だ。彼女が何を言ってきても、君のことは守る。ドロシーも懐いているし、何より彼女が送ってきた者達より君の方が優秀であることは、私が知っている」
「あ、ありがとう・・ございます」
彼はそう言うが、彼女はただの教育係だ。
いざと言うときは彼だって、どうするかわからない。
「でも、大丈夫なのですか? その・・ドロシー様と伯爵夫人とはうまくいっているのでしょうか」
たとえ苦手な相手でもエルネストは大人だから、うまくやり過ごせるだろうが、問題はドロシーだ。
伯爵夫人は亡くなったドロシーの母親とは正反対のようだ。
そんな彼女がドロシーをどう思って、どう接するのか。
もし心ない言葉や態度でドロシーを傷つけたりしたらと思うと、不安で仕方がない。
「あの子も彼女が苦手のようだ。だから、君にあの子の側にいてもらいたい。それから、できればベルトラン卿も一緒に」
「ロドニー様もですか?」
「ああ、彼がいると場が和む。それに夫人より年上の方がいたほうが、彼女も暴挙には出ないだろう」
「確かに、ロドニー様は外交に長けていらっしゃいますし、イケオジですから」
「イケ…?」
「あ、なんでもありません」
ロドニーは、ダンディな男性が読む雑誌の表紙に出てきそうなイケオジだ。マージョリー様一筋なところも、好感が持てる。
これまで彼女が前世を含めて出会った男性の中で、尊敬できる男性トップに入る。
他にはブルーム卿や、前世では高校の時の担任、神の手と言われていた外科医の先生などがいる。
そしてエルネストも。始めは顔が良いだけの貴族令息だと思っていたが、真面目でどこか初心で、話しやすい。
恋愛とまではいかないが、彼女はいつしか好感を抱いていた。