押しの一手
アリッサは立ち上がり、彼女の隣に腰を下ろすと泣きじゃくる彼女の背中を撫でた。
一度泣き出すとなかなか止まらないものだ。
大人になるとここまで泣くことはない。
泣けるのはいいことだ。
スカートのポケットからハンカチを取り出し、アリッサはそっと差し出した。
ドロシーはそれを黙って受け取り、涙だけでなくチーンと鼻をかんだ。
それがアリッサへの嫌がらせだとわかっているが、怒る気にはなれない。
泣かせた責任が少なからず自分にもある。
「おごら…ないの?」
「怒る?」
「だって…大泣きするなんて…れーじょーらしくないとか…きぜんとしていろって…だから…」
「それも前の人たちが言ったのですか?」
アリッサの問にドロシーが頷いた。
途端にまた怒りが湧き上がった。
何とか探し出して彼女たちをとっちめてやりたいと思った。
「泣くのを無理に我慢する必要はありません。泣くことを逃げるためや、その場しのぎに利用するのはだめですが、今のはドロシー様の本当の気持ちでしょう? 泣くのは悪いことばかりではありません。泣いて少しすっきりしたのではないですか?」
そう言うと少し胸のあたりを押さえて考えた後に、こくりとドロシーは頷いた。
「なんだか…モヤモヤしてたのが少し無くなった…かな?」
ちょっと小首を傾げなら言う仕草が可愛くて、思わず頭を撫でてしまった。
すると彼女はびっくりしてアリッサを見た。
「あ、すみません…その、つい…可愛いと思って…勝手に触ってすみません」
しかし引っ込めようとした手を、ドロシーは掴んだ。
「ちょっとビックリしたけど、大丈夫…頭を撫でてもらったの、お父様たちが亡くなってから初めて」
まだ涙の溜まった潤んだ目でアリッサを見つめるドロシーが健気で、もう一度頭を撫でた。
「枕…投げてごめんなさい」
「当たりませんでしたから平気です」
「ねえ、本当に叔父様からあなたを雇うと言ったの?」
「はい。ですが、私には他にやるべきことがあって、今のままではお引き受けできません。ですからドロシー様から私が気に入らないと言ってくれ「私はあなたがいいわ」れば」
「え?」
アリッサの言葉に被せるようにドロシーが言い、アリッサはよく聞き取れなかったので聞き返した。
「だって、あなた、他の人達みたいに私を怒らないもの」
「いえいえ、それは…」
「私がいやだと言ったら叔父様は諦める。なら、私があなたがいいと言ったら、あなたは引き受けてくれるのよね」
「そ、それは…そうとも言えますが…」
八歳の割にしっかりしたドロシーの意見に、今度はアリッサがたじろぐ。
「でも、私は平民で…」
「叔父様は人を見る目があるって、お父様が言っていたわ。だから、叔父様がいいと思ったら、きっと間違いないと思うの。今までの人達は書類だけで選んだから、次は絶対会って決めるって、叔父様も言っていたの。それであなたを選んだのだから、間違いないわ」
「そ、それは…でも、やっぱり…」
「あなたがいい、お願い」
アリッサの手をぎゅっと握りしめ、キラキラした目で見つめてくるドロシーの押しに、アリッサは断りの言葉を口にすることが出来なかった。