大人だって間違いをおかす
「あなたがどうしても、私を教育係にしたくないと言えば、私はこの話を受けません。そう閣下と約束しています」
「うそ・・皆、叔父様に気に入られたいから・・だから私に・・私は・・邪魔だって・・」
「邪魔? 誰がそんなこと」
尋ねたが、それが教育係の誰かだとわかる。まさか直接そんなことを本人に向かって言ったのだとしたら、なんて心無い人なんだろう。すでに解雇されているので、どうすることも出来ないのが腹立たしい。
「あなただって、叔父様から頼まれなければ、私のことなんて・・誰も、私の事なんて・・叔父様だって・・私がいない方が・・・お父様・・お母様」
「ド、ドロシーさん」
ボロリと彼女の大きな緑の瞳から大粒の涙が溢れ、アリッサはぎょっとした。
「ち、違うわ、あなたのことが邪魔だなんて閣下は思っていないわ」
「だって、グス、私がいなかったら・・お、おじさまは・・ヒック・・もっと、自由に・・お、お嫁さんを・・あ、あなたも・・い、いや・・いやだって・・」
アリッサは自分の迂闊さに気づいた。
そして自分のことばかり考えていた身勝手さにも。
目の前の少女は親を亡くしたばかりで、良く知らない叔父と二人きりになり、そして大人の都合に振り回され、大人の汚い部分を見せつけられ、自分の存在価値を見失っている。
自分の居場所がどこにもないと感じ、心細さを抱えている八歳の少女。
アリッサは自分が関わりたくないばかりに、彼女の気持ちを蔑ろにしてしまった。
誰にも存在価値を認めてもらえず、やるせない気持ちを自分だって知っているのに。
「ごめんなさい。あなたが嫌いとか邪魔とかじゃなく、これは私の都合なの。でも、本当にあなたが嫌いとかではないの」
少し躊躇ってアリッサはドロシーの前に膝を突いて、下から見上げるようにして彼女の手を握った。
「お父様・・お母様・・あいたい。あいたいよ」
大粒の涙がアリッサの手の甲に落ちる。
この前侯爵邸を訪れたとき、部屋を出て行く際にアリッサを見てほくそ笑んだ彼女と同じ人物とは思えない。
あれは叔父である侯爵にアリッサが取り入ろうとしていると思い、きっと相手にされないだろうと、馬鹿にしているのだと思った。
「みんな・・わたしのこと・・ヒック・・わたしは・・いらない・・子だって」
違うと言っても、何の説得力もない。
本当のところ侯爵がどう思っているかなんて、アリッサは知る由もないのだから。
「ごめんなさい。でも、本当に私は今はマージョリー様の看護をしていて、あなたの教育係を引き受けたとしても、どちらも片手間に出来ることじゃないの。あなたとマージョリー様の両方にも申し訳ないから、先に約束しているマージョリー様の方を優先しただけなの。あなただからじゃないの。でも、あなたの叔父様が諦めてくれなくて…」
自分が出した二つの条件。ひとつはベルトラン夫妻に使ってもらおうとする離れの改装。そしてもうひとつはドロシーの気持ち。
ひとつは現状は完璧とは言えないが、手を加えればクリアできる。ただ、なぜそこまでしてくれるのか、侯爵の考えは不明だ。
でも一番大事な条件はドロシーがどう思っているかだ。
ただでさえ多感な年頃なのに、両親を一度に亡くし、異性である叔父が唯一の近親者で、しかも彼は独身。本音を口にすることも難しいだろう。
そんな時、人間不信になるような教育係の打算的な言動を目の当たりにし、今また、アリッサがあんたなんかの教育係なんて、あなたの叔父に頼まれたから考えるが、本当は嫌だと言うようなことを言われれば、傷つくのは当たり前だ。
「ごめんなさい。あなたの気持ちを考えていなかったわ。大人なのに馬鹿ね。でも大人だって失敗もするの。許してください」
言ってしまったことは取り消せない。間違った認識を与えてしまったのは事実なのだから、それは自分の失敗だ。だから素直に何度も何度も謝った。
相手が子供だろうと。いや、子供だからと言って誤魔化したり、うやむやにしたりすべきではない。
言葉を理解できないほど幼いわけではないのだから、間違ったと思ったら、潔く非を認めるべきだ。
そう思い、アリッサはドロシーに謝罪の言葉を繰り返した。