バレた
「爵位は私が継いだが、彼女もまたカスティリーニ家の者。そして親を亡くして消沈している幼子を懐柔し、利用しようとする者がいないとも限らない」
「私がそうだとおっしゃるのですか?」
幼い子を利用して利益を得ようとする卑怯な人間だと思われていたことに、アリッサはむかついた。
「私は、昨日まで雑貨屋で会ったのがドロシー様だとは存じ上げませんでした。出逢ったのは本当に偶然です」
「それを信じろと?」
平民は皆、貴族に媚びへつらい、お溢れを貰おうと虎視眈々と狙っているとでも思っているのだろうか。
ヴェスタ家は成り上がり。貴族社会でも身分は低い。高位貴族の身分が低い者への侮蔑は、ブリジッタは何度も浴びせられてきた。加えて分不相応な婚約者までいると、馬鹿にされてきた。その辛い記憶が蘇る。
「もし、閣下が私のことを信用なさらないとおっしゃるなら、それでも構いません。お望み通り二度とお会いすることもないでしょうし、仮にどこかで偶然お会いしても声はかけませんし、私はマージョリー様の看護人としてブオーマで働いていますので、爵位や後継ぎなど私の知ったことではありません」
どんな人生を送ってきたのかしらないが、近付いてくる者全てが金目当てだと決めつけている態度に腹がたった。
「アリッサ・リンドーという人物のついて調べたが、確かにオルノー看護学校に在籍していた記録があるが、不思議なことに三年前より先の痕跡がまるでない。それはどういうことだ?」
ギクリとして背中を冷たいものが流れるのを感じた。
アリッサの過去がないのは当たり前のことだ。何しろ彼女が前世の記憶を思い出してから名乗りだしたのだから。
「調べ方が悪かったのでは?」
「騎士団で諜報員として働いていた私が、そんなヘマをするとでも?」
「わ、私はこの国の生まれではありませんから。オルノー看護学校に入学するために、外国から来たのです。ですから、この国の生まれではありません」
「ほう、では、どちらの国から? それにしては我が国の言葉を上手に話しているな」
「べ、勉強しましたから。看護学校でも成績優秀でしたから」
「確かにな。入学試験も在学中の成績も申し分なかった」
「で、でしょう?。ここの出来が違いますから…ほほほ」
自分で自分の頭を人差し指でつつく。
内心はもうパニックだ。
「わ、私の生まれた国、メルフィスでは、女性が学問を収めるのが難しいので、この国に来て働こうと思ったのです」
メルフィスは大小いくつもの島が点在する東の国だ。
地図にも載っていない小さな村などがあり、万が一出身を聞かれた場合の言い訳に考えていた。
「なるほど…」
「ご理解いただけましたか?」
「君がなかなか利口なことはわかった。しかし、まだ理解できないことがあるので、聞いていいかな?」
そう尋ねる侯爵の瞳は、まるで鼠を隅に追い詰めた猫のように真っ直ぐ彼女を見つめる。
「な、何でしょうか…」
脇の下に汗をかき、か細い声で問いかける。
「私の知っている女性で、君に実によく似た人がいるんだ。残念なことに、その女性は君がこの国に来た頃に、亡くなっている」
自分に似ていると言われて、一瞬、ブリジッタのことかと思ったが、彼の知り合いなら違うだろう。病気か何かで亡くなったのだろうか。
「ま、まあ…お気の毒ですわ。その方、侯爵様の大切な方だったのですか?」
「いや、特に大切なわけでは…」
ズルリとずっこけそうになった。てっきり大事な人とアリッサを重ねていると思ったが、それも違うようだ。
(何がしたいの、この人)
彼女がそう思っていると、侯爵は立ち上がってツカツカと彼女のすぐ側まで歩いてきた。
「な、なんですか?」
彼女のすぐ前に立ち、ソファと自分の体を使って挟み込んでくる。
「ブリジッタ・ヴェスタ」
不意に侯爵の口から彼女のもうひとつの名前が出た。
「ど、どなたのことですか?」
何気ない風に装えただろうか。
なぜ彼がブリジッタを知っているのか。
もちろん、貴族社会は広いようで狭い。どこかですれ違ったかも知れないが、彼ほどの容姿なら、自分も気がついた筈だ。