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外れた目論見

「まー、しょんなこひょが・・」

 ガルバンの来訪をマージョリーに話すと、彼女も驚いていた。

「でも、じゃんにぇん」
「残念?」
「そうだな。侯爵は確か今年二十八歳で未だ独身。今はまだ喪中だが、お近づきになりたいと思っている若い女性は多い」
「でも、ドロシー嬢もいるし、侯爵位を継いだばかりではないですか」
「ああ、だからご本人はまだそこまで余裕がないらしいが、そんな状況で侯爵の方から招待を受けたんだから、好機と言える」
「しょーよ、あにゃた、わきゃいにょに」
「看護人も立派な仕事だし、我が家は助かっているが、まだまだ女性の幸せは結婚だと思う人が多い。君もずっと独身でいるつもりはないのだろう?」

 いつかはその話が出るとは思っていたが、カスティリーニ侯爵の話からその展開になるとは思わなかった。

(ほんと、迷惑でしかないわ)

 貴族や騎士団というだけでもお付き合いをご遠慮したいのに、結婚の話に矛先が向いてしまった。まだ会ったことも無いエルネスト・カスティリーニのことをアリッサは恨めしく思った。

「結婚は今のところ考えていません」

 有紗の時は結婚に失敗し、ブリジッタでは婚約相手に恵まれなかった。それもこれも結婚相手に寄りかかろうとか、幸せにしてもらおうと思うからだ。

「私は自分で自分の生計を立てたいんです。結婚は、私の生き方を理解し尊重してくれる人がいれば、考えてもいいと思っています」

 とりあえず恋人だけでも、という考えはここにはない。つきあいから結婚に発展するのが殆どだ。
 だから彼女のこの考えがある意味異端であることも理解している。
 でも、これが前世で夫に裏切られ、今の生では婚約中も辛い日々が多く、あげくに破棄され、修道院に送られそうになった。
 次になかなか期待できないのは当然だろう。

「何か理由があるようだね」
「すみません。気を使わせてしまって」
「じぇんじぇん」
「我が家はまったく気にしないよ。君が来てくれて助かっているんだから」
「アリッシャ、あひがひょ」
「私の方こそ、マージョリー様のお世話が出来て光栄です。これからもよろしくお願いします」

 最初の勤め先がベルトラン家でラッキーだったとアリッサは思う。
 しかしここも何年も勤められないだろうことは彼女もわかっている。
 そして次の勤め先がここと同じとは限らない。

(先のことを考えて不安に思っても仕方ない。今はマージョリー様のために一生懸命頑張ろう。侯爵もきっと生意気なやつだとお怒りになるかもしれないけど、諦めてくれるといいな)

 しかし、彼女の願いは届かなかった。
 ガルバンが帰ったのは昼の早い時間だったが、その日の夕方の家に舞い戻ってきた。

「奥様の看護で侯爵邸まで来られないのであれば、侯爵様の方からドロシー嬢と一緒にうかがうとおっしゃっています」
「もうお礼は結構ですと言うことは」
「もちろん、お伝えしましたが、それでは面子が保てないとおっしゃられて」
「面子・・めんどくさい」
「え?」

 面倒くさい男だと、まだ会ったこともないのに思った。
 きっと強面のかちこちな頭の男性ね。親を亡くしたばかりの姪とそれでうまくやっていけるのかしら。
 とにかく、彼女の目論見は外れた。

「これは一度お会いしないと納得されないようですね」

 ロドニーも困惑が隠せないようだった。

「申し訳ございません」
「アリッサ、仕方が無い。侯爵の訪問を受け入れよう」

 外交官であったロドニーは貴族ではない。いわゆるジェントリーという身分で、平民の中でも知識人や富裕な商人、法律家や医者などの職種の人たちを差す。
 そのジェントリーの家に生粋の貴族、しかも侯爵が訪問するとなると出迎えのための準備が必要だ。

「いえ、私が窺います」

 もう四の五の言っていられない。アリッサはここで雇われている身であり、マージョリーの療養のためにここにいるのに、侯爵が来るとかで迷惑はかけられない。

「本当ですか、ありがとうございます」

 ガルバンが心からホッとするのを見て、こんな風に使用人を追い込む侯爵にいい印象が持てなかった。

「ですが、これ一回きりでお願いします。それで今回のことはお互いに忘れましょう」

 これっきり。それでもう侯爵とは関わらない。
 彼の治める領地にいる限り、まったく関わらないと言うことは難しいかもしれない。
 でも、普通に生活をしている中で、侯爵とアリッサの生活圏は違うのだから、それも何とかなるだろう。

「アリッサ様のご意向は、お伝えいたします」

 しかし、彼はなぜか「わかりました」とは言わなかった。
 そのことの意味に、その時彼女は気づかなかった。

「では、明日の朝、お迎えに上がります」
「よろしくお願いします」
 

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