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私はずっと待っていた。

またしても「拓郎」を生んでしまった。人間という存在は系統発生の段階でどうしても狂暴性を会得してしまうようだ。我々は何度となく自身の複製を試みてきた。だがとんだ「錯覚」をしていたようだ。今回の天地創造では早期発見に至ったため外部干渉の除去と隔離を行うことができた。病んだ人類の世界線を剪定し天変地異を用いて社会病理を摘出し健康な部分を清潔な新世界に移植した。その為に特別な植物まで創造した。エンジェルトランペットだ。
だが私たちは頂点思考者《かみさま》であることを買いかぶり過ぎていた。微塵の誤謬もない《《完全無欠の分身》》を創ったつもりでも「創造主」と「被造物」という《《主従関係》》が対象物をおとしめてしまう。
神の子を創るという行為自体が《《汚染源》》なのだ。
だから私たちはオリシャ・ンラに新しい《《きづき》》を授けることにした。
人間の作り方ではない。人間を《《つくらない》》ことで人間の登場を促す。
「人間の製造をあきらめてしまうのですか?!」
オリシャ・ンラは狼狽した。
そうではない。
天地創造というラディカルな方法を放棄するのだ。
われわれを継ぐ者はいずれにせよ必ず登場する。それが森羅万象のルールだ。
ただ「人間」にこだわる理由はないのだ、と私は告げた。
「しかし、それでは我々がここに存在する理由がないではありませんか」
私とてこの宇宙に存在する意義はない。ただ私たちには別の使命がある。
「それはいったいどのような……?」
私は言葉を紡いだ。
私たちの役目は「人間」を「人間として生み出す」ことにある。
つまり人間が人間であるための条件をすべてクリアすることだ。
まず第一に、人間とは性欲をもった生き物であるという前提条件をクリアすること。
第二に、人間とは生命を慈しみ大切に思うことができる存在であるという前提条件をクリアすること。
第三に、人間とは他者を愛することのできる存在であるという前提条件をクリアすること。
第四に、人間とは他人から愛される存在であるという前提条件をクリアすること。
第五に、人間とは幸福になる権利をもつものであるという前提条件をクリアすること。
第六に、人間とは生きる意味を知る存在であるという前提条件をクリアすること。
第七に、人間とは自分自身を信じることができる存在であるという前提条件をクリアすること。
第8に、人間とはあらゆるものを受け入れ成長する存在であるという前提条件をクリアすること。
第九に、人間とは命の尊さを知りその尊厳を守る存在であるという前提条件をクリアすること。
第十に、人間とは夢や希望をもち未来を信じる存在であるという前提条件をクリアすること。
第十一に、人間とは現実を受け止める強さを持つ存在であるという前提条件をクリアすること。
第十二に、人間とは弱い存在であり孤独に耐えられない存在であるという前提条件をクリアすること。
第十三に。
「もういいです。要するに失敗を認めるわけですね。我々は神などという驕り高ぶった存在ではない。間違いを犯し、それを認め、反省し、学ぶ生き物である」
「そういうことだ。我々人間を創りし者こそ、人間的であるべきなのだ」
「なるほど、実に興味深い話です」
オリシャ・ンラは納得したようだった。
だがこの話はこれで終わりではなかった。
まだ続きがあった。
オリシャ・ンラは言った。
「ならば、すべての人間が救われる道はあるはずです」
「人間を救うだと?! おまえは本気で言っているのか!!」
私は思わず激昂してしまった。
「あなた方にとって人間はどうでもいい存在かもしれない。しかし、われわれは違うのです。人間を愛している。ひとり残らず救ってやりたい。たとえそれが非情な選択であっても」
「非情な選択?!」
「えぇ、あなたの言うとおり人間は罪深い生物です。だからこそ、悔い改めなければならない。そのためには、すべての人間を一度滅ぼし、一からやり直す必要があるでしょう。そして新しく生まれた人類は過去を忘れ、新しい歴史を歩むことで罪を償うことができるのです」
「…………」
「これは救済なんです。新たな世界の幕開けとなるのです。あなた方が創った人間はすべて抹消し、すべてゼロに戻す。これがわれわれの使命なんですよ」
オリシャ・ンラの瞳は狂気の色に染まっていた。
だが、彼の言い分も理解できる。
確かに、人間とは救いがたい業の深い生き物だ。
だからこそ、人間の犯すすべての過ちをリセットし、最初からやり直さなければならないだろう。
だが、それはあくまでも「神」の役割だ。
人間の「父」がおこなうことではない。
「では、あなた方はなぜ創ったのですか?」
「人間を愛おしいと思ったからですよ。人間を創造して後悔したことは一度もありません。だから、今度はわたしが人間を創る番なのです」
「……」
「あなた方の言うとおり、われわれは人間の創造者であって創造主ではないのかもしれません。でも、それでも、わたしは人間を産みたいと思うのです。だって、人間はすばらしい生き物なんですから」
「……」
「人間を消し去ることがわれわれの宿願なら、それを叶えましょう。ただし、われわれは人間をあきらめない。必ずもう一度、人間を誕生させる。そのとき、また会いましょう。それまで、さようなら」
オリシャ・ンラはそう言って私の前から姿を消した。
それから幾星霜が過ぎた。
私はずっと待っていた。
あの日から、私はこの瞬間のために生きてきたのだ。
私は待った。
ひたすら待ち続けた。
私はオリシャ・ンラの言う通り「人間をあきらめなかった」のだ。
私は天使に祈りながら、ずっと待ち続けていた。
すると、ようやくこの時がやってきたのだ。
この日が来ることをどれほど夢見たことか。
私は今まさに、我が子を抱いている。双子の男女だ。名前はもう決めてある。
その名は「ソドム」と「ゴモラ」だ。「おとうさん」と「おかあさん」
この世に生きることを許された人間よ。
よくぞ生まれてきてくれた。ありがとう。私はお前たちを愛している。
どうか、これからも生きていって欲しい。
私はお前たちの《《成長》》を見守り続ける。それが私の願いだ。
それが、この世界が選んだ結末。
*
「――というのが僕の知っているすべてだよ」
私はそう締めくくり話を終わらせた。
話の途中で何度か目を覚ました娘は最後まで起きていた。
途中から娘の顔は蒼白になり身体も小刻みに震えていた。まるで悪夢の中にいるかのように。
私は娘を膝の上に座らせ背中をさすり落ち着かせた。息子はぐっすり眠っている。妻に抱かれ気持ち良さそうだ。
ふたりともまだ赤ん坊なのにとても落ち着いていて大人びて見える。きっと母親に似たのだろう。
娘の名は『アリサ』、息子の名は『レオ』。ふたりの名前を私はとても気に入っている。
「ねぇパパ、どうしてこんなことが起きるようになったんだろう?」
「……さぁ、分からない」
私が答えに困っているとオリシャ・ンラは言った。
「おそらく『運命の歯車の呪い』に違いありません」
「呪いだと?!」

 
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