赤髪の少女
「ちょっと、そこのお嬢ちゃん」
アリッサは店を出て行こうとする少女の肩を掴んで引き留めた。
ついおばちゃん口調になってしまった。
「なに、おばさん」
「お姉さん」
有紗としてはおばさんだが、ブリジッタはまだ若い。
顔を引きつらせながら訂正した。
「離してよ、触らないで。何の用?」
少女は彼女の手から逃れようともがくが、アリッサはその手にグッと力を入れた。
「そのポケットに入っている物、お金払わないで店から持ち出したら犯罪よ」
「な、なんで・・」
犯罪だと言われて少女は顔を青くする。
「もしそれが欲しいなら、あなたの付き添いの人を呼んで来てあげるから、ちょっと待ってて」
「そ、そそそそんなこと、してない! 見間違いだわ」
「じゃあ、そのポケットの中身、見せて」
言い逃れようとする少女に対し、アリッサは頑として譲らない。
「それとも、親御さんを呼んで来てもらいましょうか?」
アリッサがそう言うと、少女は目を大きく見開いた。
使用人には高飛車な言い方をしていたが、親には弱いだろうと思ってそう言ったのだが、予想以上に少女の動揺が大きかった。
「な、なによ・・」
少女はプルプルと震えだし、ごそごそとポケットから櫛を取り出した。
「こんなの、ほんとはいらなかったんだからね!」
そう言って叫んでアリッサに投げつけてきた。
「わ!」
アリッサは少女から手を離して何とか櫛を受け止めた。
その隙に彼女は店を出て行ってしまった。
「お待たせしました。おや、どうされましたか?」
「あ、いえ・・」
店の窓から少女が走り去り、それを使用人が追いかけていくのが見えた。少女を追いかけようとしたが、店主が戻ってきてしまったのでそれも出来なかった。
「その櫛も買われますか?」
「あ、いえ・・」
アリッサは改めて手にした櫛を見た。
銀で出来た綺麗な細工が施された櫛だったが、少女の物にしては大人びたデザインだった。
誰かへの贈り物だろうか。もしかしたら母親? でもそれなら盗んでまで手に入れようとはしないだろう。
「すみません、買わないのに触ってしまって」
アリッサは櫛を元の位置に戻した。
「構いません。でもお嬢さんの髪色に合うと思いますよ。綺麗な髪色だ」
「ありがとうございます。お上手ですね。でも、今日はこれだけでいいです」
営業トークとわかっていても、言われて悪い気はしない。
ジルフリードからはひと言も聞けなかった褒め言葉を、おじさんたちから聞くことになるとは。
もしかしたら自分はおじさんキラーかも知れない。
「お嬢さん、見かけない顔だけど最近ここに越してきたの?」
「はい。二ヶ月前に。でも今まで忙しかったので、街まで来るのは初めてなんです」
「そうだったのかい。二ヶ月前と言えば、カスティリーニ侯爵の?」
「いえ、違います。私はベルトラン様のところで・・」
否定してから、なぜそこの家の人と間違われたのかと思った。
「ベルトラン様・・ああ、丘の上の・・奥様がご病気になって療養中とか」
「はい」
「最近、奥様の看病のために人を雇われたって聞きましたが、お嬢さんがそうですか?」
人口一万人の街だけど、そう言った情報は流れているようだ。
田舎に行くほど人の噂というのは流れやすい。
ブリジッタ・ヴェスタは死んだことになっているし、彼女の容姿はありふれている。
アリッサ・リンドーがブリジッタだと気づく人はいないと思うが、どこから噂になるかわからない。
(あまり目立たないようにしないと)
そう思いながらアリッサは買い物を終えて待ち合わせの場所へと向かった。