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(14)意趣返し

「ロベルト。単刀直入に聞くが、どうして突然近衛騎士団を辞めた」
「…………」
「どうして野盗などになっている」
「…………」
「さっさと答えんかぁっ!!」
「…………」
 釘を刺しておいたのにも係わらず、あっさりと切れてロベルトの胸倉を掴み上げたサーディンを見て、カイルは額を押さえながら溜め息を吐いた。するといつの間にか至近距離にやって来たシーラが、苦笑しながら彼を宥める。

「あぁぁ、サーディンさん、こんな事で取り乱したら駄目ですよ。カイル様の前で、乱暴は止めてくださいね?」
「う……。すまん。面目ない」
「騎士様ですから、尋問には慣れていないし不向きでしょう。私がちょっとお手伝いします。はい、あなたとあなた。このロベルトさんを、あそこの一番近い樹まで連れて行って頂戴」
 シーラがにっこり笑いつつ振り返り、ロベルトの斜め後方にいた男二人いきなり指名した。それと同時に本人の意思とは無関係に、ロベルトが彼らに拉致されて引きずられて行く。

「え、ええ!? ちょっと待て!」
「ロベルト、すまん! 身体が勝手に!」
「おい! 一体、何をする気だ!?」
「ちょっと素直に、質問に答える気分になって貰おうと思って」
 不気味な笑みを浮かべつつ応じたシーラに、ディロスが何やら長めの布を差し出す。

「シーラ姉さん。これであの人に猿ぐつわして。大声で喚かれたら、子供達がまた目を覚ましてしまうかも」
「あら、うっかりしていたわね。じゃあ、そこのあなた。この布でその人に猿ぐつわをして、他の二人と一緒に樹の幹に縛り付けて。野盗なんだし、縄なんか幾らでも持っているわよね? その人を地面に座らせた状態で、樹に縛り付けて頂戴」
 シーラは更にもう一人の男に声をかけ、布を手渡してロベルトに猿ぐつわをさせた。そうこうしているうちに、あっという間にロベルトは地面に座った状態で、樹の幹に縛り付けられる。

「何が始まるんだ? ディロスには分かっているみたいだが。それに猿ぐつわをしたら、尋問できないと思うが」
 段々不安になってきたカイルは、すぐ隣に来たディロスに尋ねた。それに彼が、事も無げに答える。

「シーラ姉さん流、口が堅い奴の心を折る拷問ですよ」
「ちょっと待て、拷問って!?」
「安心してください。間違っても流血沙汰にはなりません」
「全然安心できないんだが!?」
 物騒過ぎる台詞に、カイルはさすがに顔色を変えた。そのやり取りを聞いていたロベルトも、警戒する視線をシーラとディロスに向ける。

「ほぅむ……。ひゅはい、へらうあぅひら?」
「ロベルトとか言ったかしら? 苦しい思いをしたくなかったら、サーディンさんの質問に素直に答えた方が身のためよ?」
「…………」
 シーラの脅し文句に、ロベルトは相手を睨みつけるだけだった。その反応は十分予測できたことであり、彼女は薄笑いで次の段階に移る。

「それなら遠慮なく、身体に聞いてみましょうか」
「シーラ、ちょっと待て!」
「伯爵、大丈夫ですから、黙って見ていてください」
「どこが大丈夫なんだ!?」
 剣呑すぎる台詞に、カイルは慌てて彼女を制止しようとした。そんな彼の腕を、ディロスが掴んで止める。そんな一部緊迫した空気の中、シーラの指示が矢継ぎ早に出された。

「そこのあなた達。あなたは右足担当。あなたは左足担当ね。その人の靴を脱がせて裸足にして」
「え? な、なんで……」
「おい、ロベルト、大丈夫か?」
「両方素足になったわね。それじゃあ、脚を両腕で抱え込むようにして」
「ちょっと待て!」
「俺達に、何をやらせる気だ!?」
「それでは私が良いと言うまで、足の裏を思いっきりくすぐって! はい、始め!!」
 盛大に両手を打ち合わせつつ、シーラが大声で指示を出した。それと同時に、男が二人がかりで、ロベルトの足の裏を全力でくすぐり始める。

「う、うふぁぶふぁっ、いひぃうきゅぅ、はめしゅあぁぁあっ!」
「手が、手が勝手にぃぃぃっ!」
「ロベルト、すまん! 手が思い通りにならない!」
「はぁうぁぁっ! ふげぇっ、しゅむへぁあっ! うるいへくるぅあっ!」
「だ、誰か! 誰か、俺の手を止めてくれ!!」
「うわぁあああぁっ! ロベルト、大丈夫か!?」
「…………」
 何やら意味不明な事を叫びながら身もだえしているロベルトに、顔を蒼白にしながらものすごい勢いで足の裏をくすぐり続ける男二人。その光景は、傍から見れば喜劇以外の何物でもなかった。

「確かに流血沙汰ではないな。なかなかに苦しそうだが……。だが、ディロス。別にこんな事をしなくても、シーラが加護を使って素直に洗いざらい話すように誘導すれば、それで済むのでは?」
 カイルの指摘に、殆どの者は(確かにその通りじゃないか!?)と、勢い良くディロスに視線を向けた。しかしディロスは、いかにも残念そうに首を振る。

「それは確かにそうですが、シーラ姉さんが襲撃に対して、そんな風にあっさりケリをつけるタイプだと思いますか?」
「……思わない。確実に報復するタイプだな」
「今回は、メリアさんがかなり危ない思いをしましたからね。意趣返しとしては、こんなものでしょう」
「ちょっと! 私を理由にしないでよ! シーラの嗜虐趣味は元からよね!?」
 ここでメリアは、憤然としながら文句を言った。それにディロスは、幾分困り顔で答える。

「嗜虐趣味って言葉には語弊が……。シーラ姉さんは、怒るとちょっと容赦がなくなるだけだし」
「かなり容赦がなくなっているみたいだけど!?」
「ひぎゃあぁぁぁあっ! うべぇっ、ひやぁっおるべぃふびぃっ!」
「…………」
 メリアが勢いよく指で指し示した先で、ロベルトが悶え苦しんでいた。さすがに騎士達が同情の眼差しを送り始めていたが、ここでディロスが周囲に声をかける。

「皆さん。夜間警備担当以外は、休んでいただいて結構ですよ? 明日も移動しますし、疲れを溜めない方が良いと思います」
 ディロスの台詞に騎士達は一瞬顔を見合わせてから、申し訳なさそうに言葉を返してくる。

「ええと……、気遣ってくれるのはありがたいんだが……」
「色々驚くことがあり過ぎて、興奮して眠気が吹っ飛んだというか……」
「どうせなら最後まで見届けてから、休みたい気が……」
「それもそうですよね……。シーラ姉さん! そろそろ話を進めてくれないかな? 皆の睡眠時間が削られるから、すっきり解決して静かに寝よう」
 その呼びかけに、シーラは不満を露わに振り返った。

「えぇ? もう? 二・三時間笑わせ続けても、発狂なんかしないわよ?」
「ああ、うん。あの時に地下室で実験済みだけどね。今は他の人がいるから、このくらいにしておこうか。この人も、少しは素直になっただろうし。気の毒に、仲間の人まで涙目になってるから」
「仕方ないわねぇ」
 心底嫌そうに呟いてから、シーラはロベルトの脚を抱え込んでいる男二人に指示を出した。

「二人とも、終わり。もうくすぐらなくて良いわ。そいつの猿ぐつわを外して、横に立っていて」
「よ、良かったぁぁっ!」
「ロベルト、大丈夫か!?」
「……って、はぁっ……、ぐふっ」
 シーラが口にした瞬間、足の裏をくすぐるのを止めた二人は、急いでロベルトの猿ぐつわを外して立ち上がる。ここでようやく苦痛から解放されたロベルトが、疲労感満載の表情で呼吸を整えた。そんな彼の様子を見ながら、カイルがディロスに囁く。

「ディロス? 二・三時間とか実験とか、何の事だ?」
「以前、屋敷に忍び込んだ賊がいまして。後は察してください」
「そうか……。分かった、もう聞かない」
 カイルは(知らなかったとはいえ、加護持ちの巣窟である大叔父上の屋敷に忍び込むなんて、馬鹿な賊がいたものだな)と、一瞬、現実逃避気味に考えた。



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