第三話
「ふあ〜ぁ。ねむ」
ざわざわと騒がしい教室内で、俺はだらりと力を抜いて座っていた。
昨日は記録帳を書いて、少し調べ物をするだけのつもりだったが、気づけば深夜になっていて焦った。二日連続で遅刻は流石にヤバい。スキンヘッドの教師に頭を握りつぶされるかもしれん。
「ふぁ〜おはよ」
「おはよう。珍しいな、ひなのがあくびなんて。俺のがうつったか?」
覇気のない少女は「まぁ、そんなとこ~」とあいまいに返事をしてさっさと席に座ってしまった。なんか今日はぽやぽやしてんな。ま、たまにはそういうこともあるか。
俺が分厚い雲から差し込む日差しをぼんやりと眺めて、ぐーっと伸びをした、そんな時だ。
「おい、波切。ちょっと来い」
突然、スキンヘッドのごつい教師から呼び出しを食らった。なんだ、なんだ? 今日は何もしてないはずだぞ。
「先生、どうしたんですか?」
「どうした、か。お前、何か忘れてることがあるんじゃないか?」
忘れてること……? 全くわからん。なんか眠くて頭が動かない。あー考えるのめんどくさくなってきた。
「反省文」
「あ!」
思い出した! そういや出してなかったわ。と一人のんきに納得する俺にはその後、説教と更なる罰が待ち受けるのだった。
放課後。大量の荷物を抱えて廊下を歩く俺の後ろから少女の声が投げかけられる。
「ねぇ、レン。ちょっと相談したいことがあるんだけど」
「この状況見て言ってます?」
現在俺は両手にバケツと雑巾を抱えて、お掃除行脚の真っ最中だ。スキンヘッドが姑みたいに窓枠を確認するという地獄のおまけ付きである。
「いやー私も少し悩んだんだけど、やっぱり誰かに言ったほうがいいかなって思って」
ひなのはそう言ってこちらを見た。声が心なしか少し暗い気がする。俺も掃除の手を止め、続きを促す。
「あのね、気のせいかもしれないんだけど……。ミラクルレモネードの味が変わらないの」
「は?」
なんて? と思わず首をかしげる俺に、しかし、ひなのは真剣な表情で続ける。
「ミラクルレモネードって一本ずつ味が違くて、見た目じゃわからないの。だから適当に選んだら毎日味が変わるはずなのに、もう1週間も大凶のままなの! おかしくない!?」
「あ、ああ。そうだな……」
普段飲まないからどのくらいおかしいのかよくわからないが、ひなの曰く「大凶」自体が超レアでいつもなら3ヶ月に一回あるかないからしい。それが1週間連続。まぁ、確かに不思議ではある。
「なんか最近DOOMシステムが勝手に起動することもあって、変なの。やっぱり大凶なのかなぁ。これって何かの祟り?」
「んなアホな。でも、何かしらの不具合かもしれないし、そういうことなら武器研究棟に寄っていくか」
パッと顔を輝かせるひなのを連れて、俺は目的地へ向かった。
武器研究棟。それはアカデミーに併設された重要施設の一つだ。
俺たちは通常、アバターと呼ばれる武器を装着して戦う。強力な力を発揮する装備「アバター」は姿形が様々で、どんな武器が現れるかは実際に手にしなくてはわからない。一説によるとアバターには適合率が存在し、高いほど自分の本質に近い武器の形になるらしいが、詳しいことは謎である。
武器研究棟は、そんな謎の武器を研究する施設というわけだ。そのまんまだな。
俺とひなのは巨大な自動ドアをくぐり、ゴチャッとした研究棟内に足を踏み入れる。物珍しそうに見回すひなのを、こっそりと盾にしてそろりそろりと顔馴染みの研究室を目指す。だが、その途中で、出会ってしまった。
「おぉ! ようこそ、Mr.パフ! ここに来たということはついに実験に協力してくれるのかな!?」
「うわっ!?」「ひゃっ!」
突然声をかけてきたのはダボダボの白衣を着た妙なテンションの青年「ウィル」だ。びっくりするくらい声がでかいので心臓に悪い。
「はぁ……その呼び方はやめてくれ。俺は全くもってパーフェクトじゃない」
「むむ? そうか、確かに気絶してしまうのは少しマイナスか。ならばこれからはMr.ナインティパーセントと呼ぼう。……長いからナッパと呼んでも構わないかな?」
「良い訳あるか!」
俺たちが大声で言い合っている横で、ひなのがクスクスと笑う。その隣では「まったくもう……」と少女が呆れたように腰に手を当てて立っていた。
「アンタたち声大きすぎ。ここ研究棟だってわかってる?」
その場の全員が視線を下げ、発言者を見た。ふんすと鼻を鳴らす少女に、俺たちはのんきに話しかける。
「あ、ニコちゃん先生。こんにちは」
「今日は相談があって来ました。俺はひなのの付き添いです」
教師「ニコ」はこちらを胡乱げな表情で見上げて「悪びれないね、ホントにもう。まったく、なんで最近の若い子は敬意を持たないんだか」などとブツブツと言いながら研究室の扉を開けた。
きっちりと整理整頓された部屋の中には一台の巨大なスキャン装置が鎮座していた。
「なるほど、DOOMシステムの不具合ね」
そう言ってニコちゃん先生はひなのにいくつか質問をし、カリカリとペンを走らせた。その後、大口を開けるスキャン装置の中に入るように示す。
「少し時間がかかるから、波切くんは外で待っていなさい」
「Mr.パフ! それならばぜひ僕の研究に付き合ってくれたまえ!」
「うるっさ! て、ちょっと引っ張るな! 歩くから!」
という流れで連れてこられたのは見るからにマッドサイエンティストのラボといった趣のある場所だった。乱雑にまとめられた資料の上にこれまた適当に発明品が置かれ、部屋の隅には大きな布を被った怪しげなシルエットがある。
「ウィル、あれなんだ?」
「ほう! さすがだMr.パフ、真っ先に最新型に目をつけるとは!」
大股でラボを縦断したウィルは部屋の隅の布をバサリッと取っ払った。電気椅子が顔を出す。
「実験! やろうか!」
「帰ります」
結局、ひなののDOOMシステムそのものに大きな異常は見られなかった。ニコちゃん先生によるとおそらく最新版のバージョンアップが上手くいかなかったのではないかとのことだった。
ひとまず安心した一方、俺はウィルから逃げるために研究棟中を走り回ったことでニコちゃん先生に怒られ、帰りにスキンヘッドに見つかって残りの掃除は監視付きでやる羽目になった。理不尽だ……。
そんなこんなで翌日。土曜日だ、休日だ。でも体調不良だ。やったぜ、クソッタレ!
「あー、熱は……ないか。なんでぇ?」
眠い。体がだるい。思考がまとまらない。これは病院行くしかないかぁ。めんどくせぇ。
服を着替え、ふらふらと街に出る。こうしてみても寒気とか特にないんだよな。夢の中のような、現実から離れているような感覚はあるんだが。とりあえず風邪薬もらってさっさと帰ろう。あ、冷蔵庫にまだ食材あったっけ。
「お兄さん、大丈夫?」
ふらふらと何歩か歩いて、ようやく俺のことかもしれないと立ち止まり、声の方へ振り向く。少女が立っていた。
「ふらふらだよ?」
「ん、ああ。大丈夫だ。これから病院行くとこだから」
少女は「そうなんだ」とつぶやくと俺の手をとって道を指差した。
「それなら近道知ってるよ。案内してあげる」
そのまま返事も待たず、歩き出す。俺はぼーっとする頭で導かれるまま付いていく。
「この前ね、ショッピングモールでテロがあったんだよ。お兄さん、知ってますか?」
「……あぁ。知ってる」
眠い。視界が揺らぐ。ぐにゃぐにゃとした道を壁に手をつきながら歩いていく。
「そこで使われた機械の装甲には特殊なコーティングが施されていたんです。特定の人物には、吸い込むだけで害となる」
「……あ?」
しょうじょのふんいきがかわった。めのまえにロボット。おれは、とっさに、てをはなして、にげ──
「おやすみなさい。また明日会いましょう」
そこでプツッと意識が途切れた。