第二話
《《オレ》》はセーフゾーンの外に立っていた。
チラリと後ろを振り返ると中には大量の生徒の姿。全員が目を見開いている。揃いも揃って何見てんだ? そんなオレの疑問は、視線を前に向ければ氷解した。
槍だ。数えるのもめんどくさくなる量の槍がこちらへ飛んできていた。
『とろいな。こんなやつ相手にオレを出すって正気か?』
背面武装を展開し、一つ残らず撃ち落とす。槍の爆発が連鎖し、その衝撃で外にいた生徒がぶっ飛んだ。あちゃー。
ダンゴムシが磁力を纏う。周囲の残骸が引き寄せられ、再び弾頭に変じた。
『なるほど、そういうことね』
撃ち出して回収する、エコロジーなヤツだな。いいね、リサイクル思考。現代的で実に結構。
『暇だから付き合ってやるよ。お前は粉からでもミサイルを作れるのかな?』
背面武装4機展開。さぁ、蹂躙劇が幕を開ける。……なんて言ったところで、ただの的当てゲームなんだが。
ダンゴムシの背から無数の槍が発射される。槍は軌道を変え、緩急をつけてこちらへ向かってきた。オレはそれらを端から撃ち抜いて粉微塵にしていく。一つの槍に10の弾を。爆発と衝撃でショッピングモールの商品たちが宙を舞う。
射出、迎撃、爆発。何度も何度も。飽きるまでやった末に、結末は訪れた。
『お?』
ダンゴムシの脚がワサワサと忙しなく動く。弾切れか。オレはのんびりと歩き、ヤツの背中にポンと手を置いた。
『じゃあな』
手のひらから真空の刃が飛び、機械の化け物はあっさりと二つに裂けたのだった。
─=< log out >=─
「……ン。レン! 起きて、終わったよ」
「んあ?」
目を開けるとショッピングモールの中には大量の塵が降り積もっていた。日差しを浴びて銀色に輝くそれは、吸い込んだらむせること間違いなしだ。というか普通に体に悪そう。肺とかやられそう。
見渡せば撤収作業がほぼ完了して、帰り支度を始めているところだった。
「すごかったよ」
「そうみたいだな。覚えてないけど」
まあ、何はともあれ終わったなら俺も──
「おい、何のつもりだ。出しゃばり野郎」
「は?」
聞き覚えのある声に反射的に振り返る。俺の後ろには煤まみれのガタイの良い男子生徒がこっちを見下すように立っていた。
「派手に暴れておきながら、自分は安全圏で女に守られてスヤスヤおねんねかよ。羨ましいもんだなぁ、おい。特別扱いは気持ちいいか?」
唐突な言葉。だが意味を理解した瞬間、頭の中にカッと燃え盛るような火が灯った。小馬鹿にしたようにコチラを睨みつけてくるそいつ、「ジェイク」に俺はすました顔で、とぼけるように返す。
「あれ、俺またなんかやっちゃいました? 悪いね。寝てて身に覚えがなくてさぁ」
ビキリ、と音がしたような気がした。ジェイクの目に力がこもる。
「ふざけてんのかテメェ」
「あ? なんだよ、やるか? 殴りたいならお好きにどうぞ。あーただし忠告だ。俺は力を持たない雑魚だが、もし気絶したらアレが出てくるかもしれないぜ?」
俺が指差す先には大量の塵と両断されたダンゴムシ。ジェイクの顔が怒りに歪む。
「……チッ! いつか後悔させるからな」
「負け惜しみ乙でーす」
ズンズンと足を踏み鳴らして去っていく男の背を見つめ、俺は静かに拳を握りしめた。
帰り道。ひなのがそっと俺の横に並ぶ。
「レン。あのさ私は」
「悪い、先帰るわ」
足早に学校へ戻り、適当に授業を聞いて帰りの電車に乗る。その間、頭に流れ続けるのはジェイクの言葉だ。
『自分は安全圏で女に守られてスヤスヤおねんねかよ』
必死に戦いの記憶を思い返す。だが、あるのは戦った結果と少しばかりの高揚感だけだ。
『特別扱いは気持ちいいか?』
「気持ちいいわけねぇだろ」
みんなが必死で戦ってるのに「俺自身」は何の役にも立てない。俺にできるのはアバターを出すことだけ。それすら出したら気絶、制御もできない。なにが起こったのか把握することさえ難しい有様だ。なのに、今朝の教師の言葉が蘇る。
『自分の力に自覚を持て、波切』
これを俺の力なんて思えない。思いたくない。なのに、俺にはこれしかない。
「はぁ……ダッセェ」
窓の外では茜色の空にじんわりと薄紫が滲んでいた。
ICカードを通し、運命都市の外周を囲むバカでかい外壁を抜け、実家へ向かう。そう、実家だ。自宅じゃない。
すっかり暗くなった夜道を歩く。控えめに灯る街灯が等間隔に照らす道を、何を見るでもなくただ歩く。
所狭しと並ぶ閑静な住宅街を抜けると、視界には緑が増え、さらりとした風に乗ってどこからともなく虫の鳴き声が響いてくる。まるでここの主は自分たちだと主張しているようだ。
しばらく歩くと苔生し、ツタが絡まる一軒の研究所に到着した。
俺は無言でいつものように合鍵を差し込む。ロックが解除され、ギキィと扉が開かれた。構わず奥に進み、壁に手を当てるとパッと室内が明るくなった。
「ただいま」
明かりをつけた部屋の中にあるのは、壁一面に貼られた大小様々な記事の切り抜きと資料の山だ。内容は8年前の事件に関連したものを片っ端から集めた。
「えっと、どこだ記録帳、記録帳……あぁ、あった」
古びたメモ帳を探し出し、俺は今日の出来事を記す。アバターを使った日は必ずこうして記録するようにしているのだ。それが意味のない行為だと、頭のどこかで分かっていたとしても。
8年前、俺の両親が死んだ。
不幸な事故だ。実験中の機械が故障して高圧の電流が流れた。俺もその場にいたが、一人だけ運良く助かった、らしい。
覚えていないのだ。目を開けたら俺を取り巻くすべてが変わっていた。両親は死に、その時一緒にいたアキ姉は今も意識が戻らない。それを知ったひなのの顔が脳裏に焼き付いて離れない。あーくそっ! 俺が誘わなければ、いやそもそも運命を変えようなんて思わなければ、きっとあんなことには──。
「ふうぅ……落ち着け俺。それじゃ何も解決しないって知ってるだろ」
一度強く目をつむり、後悔を飲み込む。そうだ。過去は変わらない。今に目を向けろ。
俺がすべきことは、あの時何があったのか知ることだ。その鍵を握るのは俺のアバターだ。あの時俺だけ助かったのが偶然なわけがない。間違いなくアイツは俺が知りたい真相を知っている。
実験中に流れた高圧の電流によって死亡? ハッ、そんなのありえないんだ。──だってあの時、俺たちは研究所になんていなかったのだから。
***
ひんやりとした通路にコツコツと靴音が鳴り響く。足音は一定で、数は一つ。それは扉の前まで辿り着くとピタリと止んだ。
三回ノック。少し間を置き、静かに扉が開かれる。扉の先に待つのは一人の男だ。
「来たか。シノくん、報告を頼む」
機能的な執務机に座ったその男はゆっくりと言った。入口に立つ、シノと呼ばれた少女は軽くうなずき、報告を始めた。
「都市内5カ所で行った陽動作戦はすべて対処されました。警報は我々の想定よりも2分早く発令されたようです」
「ほう。ジャミング装置に改善の余地があるな」
壁に投影された資料を見ながら発された男の言葉に相槌を打ち、シノは報告を続ける。
「本命は動かず。しかし、雛がかかりました」
男の眉がピクリと動く。「場所は?」という簡潔な問いに、少女もまた明快に答える。
「西区第3アカデミーから5km離れたショッピングモールです」
男はふむと顎に手を当てる。わずかに間を置き、たずねた。
「タイムリミットはいつだったかな」
「5日後です」
「よろしい。それでは2日後に作戦を決行してくれ。彼にとっても猶予は多い方がいいだろう」
「かしこまりました」
報告を終えた少女は扉を開け、一礼すると執務室を後にする。
静寂に包まれる部屋の中で男は深く椅子に腰掛け、つぶやいた。
「さて、君はどんな選択をするのか。対面するのが楽しみだよ。波切レン」