第19話 やはり女運がないなと実感した
蔵出しの酒飲みに誘われてから数日、ラルフは城下の町へと出かけていった。知り合いと会う約束をしているからだ。クレプを買ってくれると言っていたので、シェリルは楽しみにしながら家事をこなしていた。
掃除を終えてあとは夕方まで用事はないことを確認してからシェリルはテーブルに腰を下ろす。紅茶を淹れてのんびりと過ごすこの何でもない、少し暇を持て余す時間というのが好きだった。
紅茶を飲みながらぼんやりとしていると玄関の扉がノックされる。誰かが訪ねてきたなとシェリルは返事をしてから扉のほうまで駆けて扉を開くいた。
玄関の前にはリミィが立っていた。何か要件があるのだろうとシェリルがきことした瞬間、それを遮るように彼女はにこにこしながら言った。
「あなた、家政婦なんですってね。わたしがあなたの代わりをやるからさっさと出て行ってくれない?」
何を言っているのだ、この子は。突然のことに驚いて固まっていればリミィは話しだす。わたしはラルフさんが好きだ、彼のお嫁さんになりたいのだ。そのためには彼の身の回りの世話をしたいから、あなたには消えてほしいと猫撫で声で頼んでくるリミィにシェリルは眩暈がした。
リミィはマチルダより質が悪い女のようだった。彼女は婚約者がいる相手でもアピールはしていたものの、このような行動には出ていなかった。
「私にそれを言われても……雇ってもらっている身ですから。ラルフさんに言ってもらわないと……」
「何よ、身分も明かさずこの国に逃げてきた人間のくせに。どうせ、悪いことでもして逃げてきたのでしょ!」
隠し事をする女など側に置いておくなんて心配だというリミィの言葉にシェリルは何も言えなかった。隠し事のある人物を近くに置くというのは側から見れば危険だと思わなくもない。少し前の自分だったならそんな人物とは一線を引いていた。
言い返せず、かといって勝手に決めるわけにもいかないので黙っているとリミィがあぁと、思いついたように手を叩く。
「何? 行くあてないの? なら、わたしの集落に行けばいいじゃない! ヴィルスさんなら面倒見てくれるわよ?」
キャッキャと笑うミリィになんとも言い難い感情が湧いてくる。怒りとも悲しみとも似つかないどろどろとしたものが胸にへばりついていた。
正直なところ、ラルフが良い家柄の時点で自分が側にいるのはいけないのではないだろうかと思っていた。彼は一人暮らしを許されているがいつ戻ってこいと言われるのかわからない。それに自分も捜索されていないとは限らないのだ。
いずれは此処も出ていかなければならない。それが早まったと思えばと思わなくもないのだが、やはりラルフに断りもなく出ていくのは失礼だと思った。
そうやって考えて黙っているシェリルに痺れを切らしたリミィが勝手に室内に入っていく。止めようとするのだが聞いてはくれず、ずかずかとシシェリルの部屋へと入っていくと旅行鞄に荷物を適当に詰めていった。
「ほら、これでいいでしょ。さっさと出ていきなさいよ!」
そう言ってリミィはシェリルを追い出した。その手際の良さに驚いて暫く玄関の前に立っていたけれど、どうしようもできないので仕方なくシェリルはヴィルスを頼ることにした。
*
集落にたどり着いてヴィルスの元を訪れると、彼はその荷物にどうしたと慌てた様子を見せる。旅行鞄を持っていたら驚くよなとシェリルは先ほどあったことを話すと、彼は怒ったようにあの馬鹿娘と吐き出した。
話を聞いていたユラも怒っているのか「あの女!」と拳を振り上げている。すぐにでも行くといった彼女に対して、ヴィルスは待てとそれを止めた。
どうして止めるのだと不満げなユラに「あいつは懲らしめられるべきだ」と言った、まずはおれが長に伝えてくると。
「ラルフにしっかり叱られるべきだ、あの馬鹿娘は」
ヴィルスは「それにラルフはちゃんとケジメをつけるべきだと」と言うと長の元へと向かっていき、残されたシェリルは一先ずユラの家でお世話になることになった。
ユラの家は家具が少なくて綺麗に整頓されていた。二人暮らしらしく、彼女がリンバの元へと嫁いだらヴィルスは一人で此処に住むらしい。ユラは「さっさと結婚したらいいのに」と笑っていた。
案内さたテーブルの椅子にシェリルは腰を下ろす。夕方前には帰ってくると言っていたので、もう少ししたらラルフは帰ってくるだろう。
シェリルはユラからミルクの入ったカップを受け取って飲んでいると、彼女はぷんぷんと怒っていた。
「ほんっと、あの女!」
「まぁ、好きになってしまったのなら多少は強引になってしまうのかもしれないわ」
「シェリルはどうして平気なの!」
普通は悲しかったり、怒ったりするでしょうと指摘されてシェリルは黙る。これとは違うがマーカスとの公開婚約破棄を受けているのでそれに比べればまだ平気だと思っていたのだ。
名だたる名家の令息令嬢が揃っている中であんな盛大に婚約破棄をされただけでなく、別の女を紹介されて、さらには無実の罪まで着せられたのだからその屈辱と悲しみに比べれば大したことはない。そう言えばらいいのだが、そうはいかないのでシェリルは笑うしかなかった。