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第一話 殺人報告



 Virtual(バーチャル) Rain(レイン)。
 アメリカ発で世界中を熱狂させるゲームの名前だ。
 今時小学生でも知ってるし、学生間では憧れのゲームである。
 それも今現代の相当目が肥えた若者達の憧れのゲームだ。普通である筈が無い。
 俺も聞いたときは耳を疑ったもんだ。
 フルダイブ式仮想現実体験型シュミレーター。
 要するに現実世界にいる様な感覚でゲームをプレイする事が出来るってやつだ。

 SFだ。
 SFがやってきたのだ。
 もうそんな時代が到来したのかーなんて感動に打ち震えていた。
 いつプレイ出来るのか、なんて思いを馳せながら。
 ワクワクドキワク。
 しかし、待てど暮せどそんなゲームをプレイ出来そうも無かった。
 厚労省が認可にストップを出したのだ。

 『まだ安全性が確立されておらずーー』
 『海外ではプレイ時間が20時間を超えて体調を崩したユーザーもーー』

 日本が割れた。
 それも綺麗に真っ二つに。
 主に高齢層と若年層で。

 Virtual(バーチャル) Rain(レイン)がもたらした影響は世界で莫大な利益を生み出しつつあった。
 お隣の国では世界に影響を与える様な有名なインフルエンサーが生まれたし、企業の宣伝効果なんかも絶大だったからだ。
 日本はそのブームに乗っかる事が出来なかった。
 出遅れたのだ。

 当然若者はブーブー文句を言った。
 政府の怠慢をなじり、嘆いていた。
 それに反応を示したのが上の世代だった。

 『所詮ゲームに何をガタガタ言ってやがる』と。
 『そんなものがまかり通れば労働力は減り、社会は回らなくなる』と。
 『脳への影響も検証されていない』と。
 『長時間プレイして脱水症状を引き起こすリスクーー』
 『キチンと法整備されてかーーー』

 最もである。
 しかし、現実問題。
 世界が湧いて新たなビジネスが蔓延る中でのそんな真面目な議論なんざ、新しい物好きの若者達が聞き入れる筈なかった。
 世論は二分された。
 わちゃわちゃお互いに文句を言い合い、しまいには、
 
 『そもそも投票に行かない若者が文句を言うな!』

 そんな意見が出る始末である。
 そして歴代最高の若年層の投票率を記録ーーなんて事も起こったりした。
 日本の投票率をあげるほどの重大な影響を及ぼしたVirtual(バーチャル) Rain(レイン)。
 現実は未だ国内に数機、検証用で運用されているに過ぎなかった。

 しかし、日本もやる時はやるのだ。
 海外に進出した世界的有名なVtuber企業がVirtual(バーチャル) Rain(レイン)を使用してアバターそのままでタレント活動を行ったのだ。
 Virtual(バーチャル) Rain(レイン)初のアイドルが生まれた。
 その世界の熱狂たるや否や……。
 日本人はVirtual(バーチャル) Rain(レイン)の様子を動画サイト配信を通じてしか体験できなかった。
 言うなれば見る専というやつだ。
 そして、日本人達はとある事実に気がついた。
 Virtual(バーチャル) Rain(レイン)というゲームの自由度と完成度の高さにーーーー。





 「はあ」

 思わずため息が漏れる。
 なんど読み返したか分からないゲーム雑誌を机に放り投げ、ベッドに倒れ込む。
 全世界話題沸騰中の神VRゲーム、Virtual(バーチャル) Rain(レイン)。
 フルダイブ式なんざ……。
 まさに最高峰だ、ゲームの王様だろう。
 これ以上は無い、断言できる。
 どんなに素晴らしいゲームがこの先出てこようがこの感動には勝てないだろう、まあプレイした事ないけど。

 「どうせ日本で発売されても買えねぇけど……はあ……」

 お値段キッポリ50万円。
 フルダイブ式にしては安いのか高いのか……。
 いや、高い。
 少なくとも学生が誕生日にねだる様な代物じゃないのは確かだ。
 まあ、いっぱしのゲーマーとしては一度で良いからプレイしたくなるってのが人情ってモンだろう。

 「バイト増やしてみるかなあ」

 現在の貯金額、35万円。
 学生にしては貯めた方では無いのだろうか?
 両親には学費の足しって事にしてあるが、本音を言えばVirtual(バーチャル) Rain(レイン)が販売された時に手を出すための金だ。
 そんな事を言えば口座ごと没収されるのは目に見えているから口が裂けても言えないが。

 「こんなのが出てきたらなあ……今更テレビゲームなんざ」

 まあ、やるけどね。
 起き上がってコントローラーを握る。
 オンライン対戦のFPSだ。
 そこには日本人だけじゃなく、海外勢もまだ多数ログインしていた。

 「海外だからって、皆んな手が出るわけでも無いよなあ」

 そんなシンパシーを感じながら対戦にふける。
 唯一の心の平穏を保つ方法だ、皆んなが皆んなプレイ出来るわけでは無い。
 当初、開発側は余りにも高価な為、生産を抑えていたそうだが……予想に反してアホ程売れたので供給が追いつてないのだそうだ。
 75万スタートから50万までの値下げ。
 どれだけ売れたのかが分かる数字だ。
 まあフルダイブ式だもんなあ、ボロ儲けだよなあ。
 いいなあ……羨ましいなあ……。
 おっといかんいかん。
 鬼になる前に自制だじせい。
 
 まあ、車よりは安いんだ。
 俺が社会人になって働く頃には日本でも出回って
値段ももっと下がってるんじゃないだろうか?
 そんなポジティブな感情を浮かべながらキル数を稼ぐ。

 「うーん、飽きたなあこのゲーム」

 世界でのランキング欄を見ると、

 【panda panda panda JP】

 一番上に俺の名前がランクインしていた。
 上位ランカーが抜けたのもデカいが、レベルが落ちすぎだろう。
 肩慣らしにもなりゃしない。
 なんかデカい大会でも開催されないかなあ、賞金つきの。
 そんな事を思いながら寝床についたのだった。




 ーーーー深夜3時過ぎ。
 携帯の着信音で目が覚めた。
 寝ぼけながら慌てて飛び起きる。
 目を細めながら覗いたディスプレイには"姫(笑)"の文字が。
 思わず舌打ちしながら通話ボタンを押す。

 「なんだよこんな時間に」
 『……』
 
 暫く無言だった。
 訝しげに思った俺は耳に意識を集中する。
 すると微かな、嗚咽の様な掠れた声が聞こえた気がした。
 
 「……泣いてるのか?」
 『レン……レンッ……』

 泣いていた。
 泣き声で俺の名を連呼している。

 『……今から、会えない?』

 時計は午前3時半を差そうとしている。
 小学生と密会する様な時間では無い、しかし。

 「何処で落ちあう?」
 『いつもの……庭で』
 「分かった、すぐ行く」

 電話を切ってパーカーを羽織った。
 あのプライドを塗りたくって熟成肉でも作ろうってか?くらいの性格のルミカがガキみたいに泣いていたのだ。
 まあ、ガキだけどそれでも一大事である事には変わらない。
 コッソリと裏口から抜け出してルミカを待つ。
 しばらくすると、同じく裏口から真っ赤に目を晴らしたルミカが出てきた。
 低い塀を隔て俺たちは向かい合う。
 まずは俺から会話のジャブを打った。

 「どうした?」
 「私……とんでもないことしちゃった」
 「……何を?」
 「ある人を……」
 「……人を?」
 「……殺しちゃった」

 思わず息を呑んだ。
 俺は口をパクパクさせながら彼女の背後に立つ家を見る。
 ま、まさか……両親を?
 彼女は慌てた様に首を振った。
 
 「ゲームでなんだけど……」

 ガクッとひな壇芸人かの如くこけそうになった。

 「ゲームなら、問題ないんじゃね?」

 俺は頭をガリガリと掻きながらそう言うと、ルミカは俯いた。
 そして迷う様に、今にも消え入りそうな声で彼女は言った。

 「……セイリーン・キャンベラ」
 「え?」
 「それが、セイリーン・キャンベラでも?」

 俺を耳を疑った。
 セイリーン・キャンベルと言えばVirtual Rainで最も有名な人物じゃないか。
 しかし、

 「おいおい、そんなのVirtual Rainを持ってないと」
 「……私、持ってるの」

 静寂が支配する。
 ルミカが……日本じゃ誰しも羨むゲームを持っている?
 そもそも
 そんな思考の最中、彼女はぶわっと涙を浮かべながら、
    
 「私、どうしたら……」

 その場に崩れ落ちた。

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