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プロローグ



 春うらら真っ盛りだ。 
 思わずウ〜ラララ〜ッて歌いたくなるほどに。
 ーーなんてな、しょーもなさすぎるか。
 サラピンのシューズだからか浮かれている。
 いや、この桜のせいかな。

 『東京上野公園では、まだ三分咲き。見頃は週末から来週いっぱいだそうでーーーー』

 まだ、これで三分咲きなのか。
 珍しく早起きして寝ぼけ眼の内に耳に侵入してきたニュースからの信用ある情報だ。
 眼前をひらひらと舞い落ちるピンク色の物体。
 日本人に生まれてよかった……て、程じゃあないがまあ普通に綺麗だな。
 ポケットからBluetoothイヤホンを取り出そうとして、その腕を止められた。

 「アホヅラ」

 視線を向けないまでも正体は分かっている。
 生意気そうな面をぶら下げたおませな小学生だ。
 無視しているとぶんぶんと腕を引っ張ってくるので思わず視線を向ける。
 そこには無駄に整った人形の様な瞳があった。

 「桜の木の下でアホヅラって言われるのは癪だな。風流さを感じてんのに。心なしか俺のフェイスも二割り増しだろ」
 「じゃあその顔もアホヅラ」

 彼女の名は浮部(ウキベ)ルミカ。
 隣の家に住む小学生六年生。
 無駄に顔の作りが良いのでモテモテなのは近所でも有名な話だ。
 昔はチョロチョロついて回って可愛げがあって妹みたいに思ってたもんだが……。
 まあ、今はそうだな。
 俺たちの関係性を一文で説明するならば、
 小学生の強いる姫プレイを遂行する下僕。
 みたいな感じだ(泣)
 
 「だいたい、当日に出てきたって場所なんか空いてる訳ない」

 ぷくりと頬を膨らませる仕草は年相応に思える。
 しかし、その本質は魔性の女である事は明白だ。
 年上の高校生男子である俺を引っ張り回して無理難題を突きつけてきたりする。
 例えばーーー。
 貴重な休日の朝っぱらから駆り出されて花見に着いてこさせられたり。
 その前の日は場所取りするからレジャーシートを持って花見会場に泊まりに行くぞって無茶振りされたり(流石に補導されるから断ったが)

 まあ、出来の良くないこの脳みそじゃ思い出せる項目は直近じゃこれくらいだが……。
 いや、ありすぎて思い出せないのか?
 そうに違いない。
 最近ではこの我儘お姫様に振り回されてる思い出しかないのだ。
 さらに成長を遂げた暁には女王様にクラスアップを遂げるかもしれない。
 鞭を振るわれる前に逃げ出さないと下僕根性が染み付きそうで怖いな。

 「未成年が場所取りして補導されたらニュースもんだぞ。そんでネットで切り抜かれてコメ欄で馬鹿にされるんだ。嫌だなあ、そんなネットのおもちゃみたいにされるの」
 「……ふんっ大袈裟な。レンはおどおどしてるから悪目立ちするの。堂々としてないからトラブルに巻き込まれる」

 挙句の果てには小学生にダメ出しされる始末である。
 地味に傷つくから本当やめて欲しい。
 心のフィルターは携帯と違って剥がせないのだ。
 傷付いたら傷つきっぱなし……。
 誰も癒してはくれないのだ。

 「まあまあ、こうやって歩いているだけでも気持ちいいじゃないか。桜の楽しみ方ってのは人それぞれだろ?」
 「それもそうね」

 絆(ほだ)すような俺の口調にルミカは何かを指差した。

 「牛串?」
 「楽しみ方はそれぞれなんでしょ?」

 先程から喫煙スペースみたいにもうもうと煙を漂わせている屋台だ。
 つまり私めに食の喜びを与えなさーい、つーことか
 牛串、一本六百円……屋台ってなんでこんなに高いんだろうな。
 うまそうなのはうまそうだが……まあいいか、コイツ少食だし、一本食えば満足するだろ。
 屋台へと足を向けようとした時、背中を引っ張られた。

 「今度は何だよ」
 「はいお金」

 手には千二百円、きっちり二本分握られていた。
 ガキには結構な大金だ。

 「いいよ、小学生なんかにおごられたら一族の恥だ」
 「大した一族じゃないでしょ」
 「あっ、言ってやろ親父に。雨傘(アマガサ)家は大したお家(いえ)じゃないってな。お前のことお淑やかって褒めてたのに幻滅するぞ?出禁になるかもな」
 「レンの言うことなんか信じないよ。それより早く、お腹減ったから」

 たしかに親父は俺よりコイツの言う事を信じそうだ……ったく。
 俺は小さい手に握られた千二百円を受け取って牛串を買い、ルミカに手渡した。

 「その辺に座って食うか」
 「いや、服が汚れる」
 「なら俺の膝にでも座るか?」
 「……汚れるからいい」

 汚物扱いまでされるようになったか、参ったな。
 そんなこんなでとりあえずその辺を牛串を持ったま彷徨いていると、見知った顔がいくつかあった。
 よく見たらゾロゾロと前から集団で歩いてくる。
 
 「おう、ニッシーじゃんか」
 「おっ!レント」

 同じクラスの友人、西宮シュウだ。
 あだ名はニッシー、ニシシッと笑っーーたりはしないがそんなイメージがあるのでついた名だ。
 短髪スポーツ刈りのクセにスポーツ経験ゼロな何とも罰当たりな奴でもある。
 西宮は俺とルミカを交互に見て、ニヤケ顔を浮かべた。

 「なんだあ、彼女とデートか?」
 「おいおい、勘弁してくれよ」

 もしそうならギリ犯罪の絵面だ。

 「ハハッ俺たち今から帰るとこなんだけど、お前らは?」
 「今からだ」
 「そっか。それより、無茶苦茶かわいいな、その子。親戚?」
 「んにゃ、隣の家な」
 「へーっお嬢さん、お名前は?」
 「……」

 名前を聞かれたルミカは俺の背後に隠れてしまった。
 あれーっ?
 こいつ人見知りだったっけ?
 そうでも無いはずなんだが……。
 ニッシーは呆気に取られたような表情を浮かべた後、直ぐにニヤケ面に戻った。

 「懐いてんな」
 「そんな可愛いもんじゃねぇよ」
 「お邪魔しちゃ悪そうだし帰るわ、んじゃあな」
 「あ、ニッシー」
 「ん?」
 
 俺はニッシーからシートを一枚借りた。
 小ぶりのやつを何個か持っていたので、都合が良かった。
 この会場の盛況ぶりなら普通に座れるようなスペースは無さそうだが、植え込みの段差くらい空いてるだろ。
 探してみれば自転車置き場横の植え込みが空いていた。 
 ちょうど段差部分の高さがあり、植え込みとも接触せずに座れそうだった。
 場所は悪いし運営が見たら注意されそうだが、この人混みに二人くらいなら平気だ。
 俺はシートを広げてパンパンと叩く。

 「はいよお姫様、どうぞ」
 「……こんなところ?」
 「ごめんな、来年はレッドカーペット引いてやるから」
 「はあ、バカ」

 大人しくルミカは腰を下ろす。
 二人して牛串を取り出してかぶりつく。
 ん〜……こんな六百円とは思えないジャンクな味……クセになるなあ。
 学食の定食とどっちが上かって言われたら、まあ学食だわなあって味だ。
 隣を見ると、お姫様はモソモソとリスみたく齧りながらいつも以上に険しい表情を浮かべていた。

 「……食べる?」

 一つしか食ってないじゃないか。
 まあ食べれるの食べれるが……まったく、家じゃどんだけ美味いもん食ってんだか。
 俺は牛串を渡し、徐に立ち上がった。

 「ポテトなら外れはねぇだろ、買ってくる」
 「……ん、じゃお金」
 「さっき奢ってもらったからな、今度は任せろ」
 
 ポテトのが安いだろうしな、なんて言ったらカッコつかないので言わない。
 
 「ついでに飲み物買ってくるけど何が良い?」
 「水」

 小学生が水かよ。
 芸能人気取りか。
 ……まあいい。

 そんなゆるい感じでまあ、ダラダラと俺達は花見を楽しんだ。
 近所の小学生と花見なんざ少し悲しくもなるが、まあ……一緒に行ける彼女なんか居ないし。
 こういうイベントも、隅っこで細々でもなんやかんやで楽しめるのだ。
 そう、思っていた。
 しかしーーーー。
 まさか、まさか、自分が。
 世界を熱狂させる話題の中心になるなんざ、この時は思いもしなかった。
 
 

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