40、重大発表
今までのアリツィアならここで堪えるだけだった。
魔力がないのは本当のことだから。
自分は一歩引かなければならないと思っていたから。
だが、今は違う。
そんな自分を受け入れてくれる人がいるのだ。ここで屈してはその人たちを自分から手放すことになる。
ーー怖い。でも。
きらびやかな場所で発言することは、やはり怖い。怯えてしまう。震える手をアリツィアは、ドレスのスカートを握りしめることで誤魔化した。
ドロータが選んでくれた紫紺のドレス。
そうだ、ここにもわたくしを受け入れてくれる人はいる。
ーー魔力のあるなしなんて、関係ない。
背筋を伸ばして、声を出す。
「確かに魔力がないと不便なことはありますわ」
事実を認めると、ジェリンスキ公爵は嬉しそうに頷いた。でっぷりとした腹が揺れる。
「だろう?」
「ですからわたくしたちは工夫することにしてますの」
「工夫? はっ、悪あがきだな」
「ご覧ください」
アリツィアはドレスのスリットに手を入れた。取り出したものを、ジェリンスキ公爵が眉を寄せて覗き込む。
ーー宣伝になるかと、持ち歩いていてよかったですわ。
「なんだそれは」
アリツィアは満面の笑みで答える。
「発火装置ですわ」
「なんだと?」
失礼しますと、テーブルの上の枯れかけた花をすっと取ったアリツィアは、カチカチ、と発火装置のトリガーを引いて息を吹きかけた。
「……え」
「まさか」
「火が?」
カラカラに乾いた葉から一筋、煙が立った。わずかながら先端が燃えているのがわかる。
貴族たちのざわめきが、徐々に大きくなっていく。
茎の水分が残っていたせいか、すぐに火は消えたが、アリツィアは誇らしげに説明した。
「いかがですか? これがあれば火種に苦労しませんの。今、大陸で大流行してますわ。我が商会で扱いますので、皆様どうぞよろしく」
興味深く見つめる貴族たちの視線を断ち切るように、ジェリンスキ公爵は、見下したような笑いを浮かべた。
「はん。子供のおもちゃだな」
アリツィアは目の前の公爵に、吹雪のような冷たい視線を送った。商品を馬鹿にされることは許せない。
「確かに魔力を使える方にとっては、おもちゃみたいなものかもしれませんわね」
視線だけでなく、声音も冷たい。何人かの貴族が息を呑む気配がした。
「ただ、魔力を使うとかなり消耗すると聞いておりますわ。疲れたときなど、これがあれば便利だと思いません? 使用人たちも火種の管理の苦労から解放されますわ」
ジェリンスキ公爵は吐き捨てるように言った。
「使用人のことなど知るか」
「まあ……」
アリツィアは気の毒そうに眉を下げた。
「まさか、公爵様ともあろうお方が、そんなことおっしゃるなんて? からかってますのよね? そんな、想像力が貧困でいらっしゃること」
「な?!」
「使用人が喜んで仕える家は、繁栄しますわ。力やお金で繋ぎ止めれるのはほんの一時期だけ。公爵様ほどのお人なら、使用人たちの気持ちをつねに考えてらっしゃるはずですもの」
ジェリンスキ公爵がアリツィアを睨み付けたが、不思議と怖くなかった。
「神様はわたくしに魔力をお与えになりませんでしたが、代わりに工夫する力や、それを広める力を与えてくださいました。それも神の愛だと思っています」
「魔力なしの分際で偉そうに……」
じり、と、ジェリンスキ公爵がアリツィアに一歩近づいた。が、すぐさまミロスワフが間に入る。
「私の婚約者に無礼は止めてください」
ミロスワフは、アリツィアの手から発火装置を受け取って、皆に見えるようにした。
「皆様、これはここだけの話ですが、実は、こちらの装置、王太子殿下や、王弟殿下も興味を示してらっしゃいます」
「なに?」
「それだけではありません。殿下たちから直々に、これを城内に取り入れるよう、陛下にご進言いただけるそうです」
「本当ですの?」
アリツィアは目を丸くした。ミロスワフはアリツィアを見て頷いた。
「君にも今夜伝えようと思っていたんだ。大変面白い、とのことだよ。近々、クリヴァフ商会に話が行くだろう」
「光栄ですわ……」
アリツィアは頬を押さえた。ジェリンスキ公爵は黙り込んだままだ。さすがに、王太子殿下や王弟殿下の名前を出されては、馬鹿にできない。
ジェリンスキ公爵が悔しそうに拳を握りしめていると、そこに。
「ごきげんよう、皆様」
ラウラが現れた。
「……ラウラ様」
雨に濡れた百合こと、ラウラ・ジェリンスキは、今夜も艶やかな装いだった。深い緑のドレスは肌の白さを引き立て、いつも以上に強調された胸の谷間には、大粒のエメラルドのネックレスが輝いていた。
そのエメラルドに負けないくらい妖艶な笑みを浮かべて、ラウラは父親に声をかけた。
「お父様、ご歓談の途中ですけれども、そろそろ発表をいたしましょう。あの方、待ちくたびれてますわ」
「お、おお。そうだな」
なんだろうと人々の関心がラウラに向く。あの方? アリツィアはざわめくものを感じた。
と、不思議なことが起こった。
「花が……?!」
「咲いてる?」
枯れかけていたテーブルの上の花がみるみるうちに生き生きと咲きだしたのだ。それだけではない。
「見ろ! 絵が!」
壁にかかっていた歴代の魔力使いたちが、絵の中で動き出した。
「どうなってるの?」
「すごい!」
極めつけは、天井で点滅していた光だ。点滅を止め、長い尾ひれをつけて、一気に降ってきた。
「光が……?」
「まるで光の雨のようですわ」
そんな魔力は聞いたことなかった。アリツィアは嫌な予感に身震いした。こんな魔力。これほどの使い手。まさか。そんなわけ。
「皆さま、発表いたします」
ジェリンスキ公爵の弾んだ口調に、人々の注目が集まった。
「そんな……」
光の雨の中から、その人物は現れた。
黒髪、黒い服、灰色の瞳。
「この度、うちの娘であるラウラと、魔力使いのカミル・シュレイフタ様が婚約しました」
カミルは親しげに、ラウラの肩を抱いた。