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39、趣味が悪い


 会場はすでに人で埋め尽くされていた。
 入り口には赤い絨毯が敷かれており、中に入ると着飾った男女が、お互いに声を掛け合ってざわついていた。

「これはまた……趣味が悪いな」

 ミロスワフが顔をしかめた。壁際には歴代の大魔力使いの絵姿が飾られているのだが、色や構図に統一性がないので、単なる寄せ集めに見えるのだ。それだけではない。

「あの光は魔力なのですか?」

 眩しさに目を細めて、アリツィアが聞く。天井付近に、小さな光が次々と現れては消えている。ミロスワフが肩をすくめた。

「そうだな。しかも、相当な魔力を必要とするものだ。魔力使いの消耗も激しいだろう」
「まあ……お気の毒な」

 アリツィアにはわからないが、魔力を消耗したときの疲れは、回復にも時間がかかると聞く。

「何人かで休憩しながらできていたらよいのですけど……」

 思わずそんなことを言うと、イザが扇で口元を隠して頷いた。

「あのときのうちの羽みたいにすればいいのに。そんなに魔力がいらないから」
「そうなのですか?」

 以前、サンミエスク家で行われた舞踏会で、天井付近にずっと浮いていた羽のことだ。華やかで優美な演出だったので、かなりの魔力を必要としていると思ったのだが。
 イザがふふふと笑った。

「種明かしすると、天井付近だけ空間を区切って、そこの空気を薄くして羽を入れておくの。そうしたら勝手にふわふわ浮いてくれるから楽よ」
「まあ! 全くわかりませんでしたわ」
「でしょう? この花もねえ……」

 イザにつられてテーブルに視線をやる。そこには、細くて枯れそうな花にリボンを巻いている貧相な飾りがいくつか見られた。

「これはどういう意匠なのでしょう?」

 ミロスワフが花をひとつ手に取った。 

「花の周りの空気を取り除いて、色を維持させたかったんじゃないかな? 中途半端だったのか、途中で魔力が切れて枯れてしまったようだが。君が前に付けていた乾燥花に対抗したんじゃないか?」

 アリツィアはまさか、と思ったが、ラウラならあり得ると思い直した。

「大丈夫だ。僕がいるよ」

 ラウラのことを思い出し、ふと憂鬱な気分にとらわれたのを読んだかのように、ミロスワフが微笑んだ。

 ーーそうだわ。一人じゃないもの。

 アリツィアはその微笑みを嬉しく受け止めた。

「なんかわたくし、邪魔ね」

 そう呟いたイザだが、すぐそばに知り合いの貴族を見つけたらしく、挨拶にいく。

「あら、カミンスキ伯爵、ごきげんよう。いらしてたの?」
「……ごきげんよう」

 そそくさと去ってしまう相手を見て、アリツィアは不思議に思う。

 ーーそういえば、いつもはすぐ人に囲まれるイザ様とミロスワフ様なのに、今回はそんなことないわね?

 こちらから声をかけるばかりで、それもすぐに立ち去ってしまう。みんなアリツィアたちをチラチラ見ているのだが、目が合うと気まずそうに反らすのだ。
 アリツィアは愕然とした。

 ……わたくしと一緒だから?

 イザとミロスワフに以前と違う点があるとすれば、アリツィアを伴っていることだ。
 アリツィアは思わず身を固くした。すると。

「やあ、楽しんでますかな」

 向こうから声をかける人物が現れて、アリツィアはホッとした。考えすぎだったのかもしれない。
 しかし、その人物を見て、余計に緊張が増した。

「ご招待ありがとうございます。ジェリンスキ公爵様」
「ああ、いい、いい。そんな堅苦しいのは」

 シモン・ジェリンスキ。
 ジェリンスキ公爵家の現当主。ラウラの父親だ。
 でっぷりと太った体を揺すって、ジェリンスキ公爵は鷹揚に頷いた。

「ご婚約されたとか」

 ミロスワフに問いかけるジェリンスキ公爵は、やはりラウラに面差しが似ていた。ミロスワフは頷く。

「お耳が早い。まだ正式に発表はしていないのですが」
「ほほう。由緒あるサンミエスク公爵も、御令息の代になってこれでは先行き不安ですな」

 イザが片眉をピクリとあげる。

「どうしてかしら?」
「いえ、別に深い意味はありませんよ」

 ジェリンスキ公爵は、無遠慮にアリツィアを上から下まで眺めた。

「だが、正直、魔力なしを家に入れるのは賛成致しませんな」
「それはどういうーー」
「ミロスワフ様、わたくしは大丈夫ですから」

 アリツィアは小声でミロスワフを制止した。ここでカッとなったら、相手を喜ばすだけだろう。
 人々の注目も集まっている。
 アリツィアは、イザに目で許可をもらってから、ジェリンスキ公爵に話しかける。

「初めまして、ジェリンスキ公爵様」
「ほう」

 ジェリンスキ公爵の顔が好色に染まった。アリツィアは嫌悪感を隠すよう努力した。

「アリツィア・クリヴァフです。魔力なしですが、どうぞよろしくお願いします」
「これは……まあ、外見は、大変な美しさですな。若いミロスワフ君が夢中になるのもわかる」

 ニヤニヤと自分を眺める視線から逃れたいと思いつつ、アリツィアは我慢に我慢を重ねる。だがジェリンスキ公爵は、ぐるりと皆を見つめて大声で言ってのけた。

「だが、魔力なしなどはっきり言って役立たずだ。なあ皆さん」

 アリツィアは耳を疑った。役立たず? 魔力がないだけで?
 しかし、もっと信じられないことに。

「そうですわ」
「魔力がないなんて神に愛されていない証拠です」
「災いを呼ぶのではないでしょうか」

 周りの貴族がそれに賛成し始めた。怒りを通り越して、アリツィアはぽかんとする。

 ーーなるほど、そういうことですのね。

 つまりこれは、アリツィアをーー魔力のない者を糾弾する会なのだ。
 舞踏会の参加者は、それに賛同する人選になっているのだろう。

「馬鹿馬鹿しい」

 ミロスワフが小さくそう呟いたのが聞こえた。イザも白けたような顔をしている。

 ーーそうだ、わたくしは一人じゃない。
 
 アリツィアは、すっと前に出た。

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