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34、呪い

  
           ‡

「アリツィア様! レナーテが戻ってきました!」
 
 ドロータが興奮を隠せない様子で、そう報告した。アリツィアも思わず立ち上がった。

「レナーテが?」
「はい。先ほど一人で玄関に立っていたところを台所番に見つけられたそうです。怪我をしているようで、今医者を呼んでます」
「一人なの? イヴォナは?」

 ドロータがレナーテの名前しか出していないことから答えはわかってはいたが、アリツィアはついそう聞いてしまった。ドロータはつらそうに答えた。

「……レナーテ一人でした」
「そう……」

 ではイヴォナはまだ助けを求めているのだ。

「とにかくレナーテを休ませてあげなくてはね。レナーテだけでも戻ってきてくれてよかった……」

 それは強がりではなく本心だった。

「イヴォナならきっと無事でいてくれる。今こうしている間も頑張っているわ、きっとあの子なら」
「わたしもそう思います」

 ドロータの言葉に、アリツィアは頷いた。気持ちを切り替えて尋ねる。

「それにしてもレナーテは、どうやって帰ってきたのかしら?」
「それが、うわ言ではカミル・シュレイフタが助けてくれたそうです」
「カミル様が?」

 アリツィアが怪訝な顔をしたのと、ミロスワフがアギンリーが戻った報告のためにクリヴァフ邸を訪れたのは同時だった。

         ‡

「それではイヴォナはカミル様のとこにいるのですね?!」

 ミロスワフからの報告とレナーテの話を総合して、アリツィアはそう結論付けた。

「でもわからないですわ。レナーテとイヴォナをさらったのがカミル様ではないのなら、なぜ、レナーテだけを返したのでしょう。いくらイヴォナが選んだこととはいえ。それにアギンリー様に攻撃する理由もわかりません」

 ミロスワフも眉を寄せて考え込んでいる。アリツィアは以前カミルに、魔力なしとは友達になれないと言われたことを思い出していた。
 
 ーーもう関わることはないと思ったのに。なぜかしら?

 ミロスワフが口を開く。

「カミルの思惑はわからないんだけどね、アリツィア。もうひとつ、気になることがあるんだ」
「なんですの?」
「クリヴァフ伯爵の調子はどうかな」
「思わしくありませんわ。最近では食欲もなくて」

 イヴォナがいなくなってから、スワヴォミルの体調は悪くなる一方だった。

「お医者さまはどこも悪くないとおっしゃるのです。熱も、脈拍も正常で」

 それなのに食欲がなく、痩せていくので、気持ちの問題だろうと言われていたのだ。だが、ミロスワフの見解は医者とはちがった。

「アリツィア、僕が以前渡したハンカチ持ってる? 君を守ると言った」
「ええ、肌身離さず持ってます」

 今も身に付けている。ミロスワフはほんの少し、ほっとしたように見えた。

「ヘンリク先生が言うには、クリヴァフ伯爵は呪われているのではないかと」
「呪いですって?!」
「消耗の仕方が病というより、生命力を削られているように思えるんだ」
「でも、誰がなんのために?!」
「それなんだけど、そいつはもしかしてクリヴァフ伯爵だけを狙ったわけでなく、君たち家族を狙ったんじゃないか?」
「まさか……」
「君はハンカチのおかげで難を免れた。そしてイヴォナ嬢は偶然かもしれないけど、クリヴァフ伯爵が倒れた日に……」
「カミル様に助けられた?」
「そう、僕たちはクリヴァフ伯爵はイヴォナ嬢がいなくなったショックで具合が悪くなったと思っていたけど、そうじゃなかったとしたら?」

 ということは、つまりーー。

「カミル様はわたくしたちを呪った人物に心当たりがあるということですの? その人物の行動を予測していたのでしょうか?」
「わからないけどね。実際、レナーテには違うことを言っている。だが、素直な奴じゃないからな」

 その言い方に、アリツィアはミロスワフのカミルに対する親しみを初めて感じた。

「ご学友だったんですよね?」
「向こうが優秀過ぎて一瞬しか同じ学校に通ってないけどね」
「どんな方でしたの? カミル様は」
「どんなって、優秀で、才能があって、そして貴族のことを嫌ってた」
「貴族を?」
「自分も貴族のくせにね? だから、僕を、というより、ほとんどすべての人のことを嫌ってたよ、カミルは。その理由を聞く前に別の学校へ行ってしまった」
「でも、それではなおさら、クリヴァフ家を助ける理由がありませんわね……」

 アリツィアが情報を整理しようと、目を閉じたとき、ウーカフがユジェフとロベルトを連れて入室してきた。
 ユジェフとロベルトは信じられないことを知らせた。

「アリツィア様、大ニュースです。魔力保持協会が、持ってるだけで魔力が増えるお札を発行することを決めました」

 アリツィアとミロスワフは一瞬、ぽかんとした。

「持ってるだけで魔力が増えるだなんて、ユジェフ、ロベルト、冗談にしてもひどいわ」
「持ってるだけで魔力が増えるわけないだろう」

 アリツィアとミロスワフが口々に反論したが、ユジェフとロベルトは首を振った。

「俺たちも信じられなかったすけど、本当でした。魔力保持協会からの正式な通達です」
「しかも、大陸とかフィレンツェとかからじゃなく、この国から最初に発行らしいんですよ」
「この国から?」

 大陸やフィレンツェに比べると人口の少ないこの国から発行しても、枚数はさばけない。

「それを聞いても、嬉しくないのは何故かしらね……」

 アリツィアは嫌な予感がした。

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