28、数字から見えてくるもの
「ロベルトの疑問はもっともだわ」
言われてみればその通りだった。前回のことがあったので、スワヴォミルもミロスワフもアリツィアもカミルの仕業だと決めつけすぎていた。
「可能性は全て検討すべきよね? 見落としがあってはいけないわ」
「確かに」
ミロスワフも同意した。
アリツィアはユジェフとロベルトに向き合った。
「二人とも、各支店の帳簿を調査してくださる? 全部。人は使ってくれて構わないわ。そうね、決算に不備が出たから、とでも言い訳して。わたくしからも通達を出します」
一瞬、沈黙が下りた。それから。
「……各支店の? まさか」
「全部、すか?」
「何かわかったら逐一報告してちょうだい」
「鬼……」
「えげつない量っすよ」
アリツィアは人差し指をぴんと立てて、ずいっと前のめりになった。その分、ユジェフとロベルトが後ろに下がったことにも気がつかない。
「でも、あなたたちならわかってくれるはず。数字から見えてくるものがあるってこと。魔力には太刀打ちできない。それなら魔力以外で切り崩せる方法を考えましょう。ここから、絶対に、何か出てくるとわたくしは確信してます」
「いや、それはわかりますけどあまりにも量が」
「商品が売れているわけでもないのに、突然羽振りが良くなった店はない? あるいは売掛を払わず逃げそうな取引先はいない? なんでもいいわ。おかしいと思ったこと、全部調べて報告して。お願い、あなたたちしかできないことなの。イヴォナのために力を貸して」
「これが本当にイヴォナ様のためになりますか?」
「わたくしはそう思うわ。カミル・シュレイフタが関係ないなら、我が家となんらかの関わりがある者の仕業でしょう? 数字はそれを教えてくれる」
ユジェフとロベルトが顔を見合わせた。そして頷いた。
「わかりました……」
「ありがとう! 本当にありがとう」
ロベルトが思いついた顔をする。
「それならバ二ーニ商会にも協力してもらったらどうすか? あそこは金融まで手を出している。うちも手がけてますけど、規模が小さいですし」
「そうね、フィレンツェのバンコの情報までわかったら申し分ないわーーウーカフ」
「はっ、早速連絡します」
アリツィアは、もう一度、ユジェフとロベルトを見つめた。
「音符は音を書き留める。時計は時間を形にする。だったら数字はーー人々の生活を写すのよ。あなたたちは数字を武器にできるの」
ーー変化が怖いなんて言ってられない。イヴォナを取り戻すためなら、変化さえも利用してみせる。
何かわかったらすぐ連絡すると飛び出していった二人を、あっけにとられたように、ミロスワフとアギンリーが見送った。
「数字って……すごいんだな」
アギンリーが呟く。
アリツィアはユジェフとロベルトが去った方向を見続けながら、ユジェフとロベルトがどんな思いで、アギンリーの告白を聞いたか、帳簿の精査に協力してくれたのかと考えた。
アリツィアがミロスワフと結婚する以上、イヴォナに婿を取って、と思う気持ちがスワヴォミルにはあった。その相手で一番有力だったのは、クリヴァフ商会で頭角を表しているユジェフとロベルトだった。本人たちもどこか、それを期待していたのではないだろうか。
ーーでも、ロベルトはアギンリーとイヴォナのことを知っていたわ。それはつまり。
イヴォナのことをそれだけ見つめていたということではないだろうか。
「でも絶対に俺がイヴォナを見つけてみせます。すぐにでも」
アリツィアの考えを読んだように、アギンリーがアリツィアに告げた。