17、手紙
「そ、そこまで言い切るのはちょっと……」
なぜかカミルの方がミロスワフを庇い出した。
「あら、言っておきますが陰口じゃありませんわよ」
「どこが?!」
「一度、本人にも言いましたから。手紙ですけど」
そう言ってアリツィアは、拭いたお皿を棚に戻し終えた。カミルは前のめりに聞く。
「そしたらあいつなんて答えたの?」
アリツィアは少し考えてから口を開いた。
「内緒にしてくださいね? あまり人には言わないようにしてるのですけれど、今回はわたくしから言い出しましたし」
いつ来るかわからない手紙しかお互いの気持ちを伝える術がなく、不安だったあの頃。初めは「いい子」でいようと、ミロスワフの意見をすべて呑み込んでいたアリツィアだが、不安が不満になるのに時間はかからなかった。
「ミロスワフ様のお手紙はいつも完璧でした。毎日自分がどれほどの学びを得たか、これから自分はどうしたいか。そういったことが熱く語られてました」
「書きそう」
「真っ直ぐ前を見て、未来を信じるミロスワフ様がわたくしには眩しくて、そのせいでしょうか。わたくしミロスワフ様のことがとてもーー」
幼かった自分を思い出し、アリツィアはため息をついた。
「ムカついたんです」
「は?」
正確にはそれ以外の感情もあったのだが、当時のアリツィアには他人に伝えられるほど整理できてなかった。
「ミロスワフ様の真っ直ぐさには、それ以外の道を歩く者への優しさが欠けている気がしました。道は真っ直ぐでなく、曲がったり坂道だったり、ときには落とし穴だらけかもしれないのに、真っ直ぐなものしか道と認めてない気がしたんです。ただ当時のわたくしは、それを無性に苛立つとしか表現できなくて」
「だから、ムカつくと?」
「はい。伝えました」
「僕、初めてあいつに同情してるかも……」
ミロスワフの返事を思い出してアリツィアは小さく笑った。
「そうしたら、真っ直ぐ過ぎることのどこが悪いのかわからないって。まあそうですよね。そこからケンカの応酬ですわ! お互い譲らないものですから、一回の手紙の厚みがすごいことになりましたの!」
あまりに分厚すぎて、誰もそれを恋文と思わなかったのも、アリツィアがミロスワフとの関係を隠し通せた一因だ。
「まるで何かの重要書類みたいに、小包で送られてきましたから。まあ重要は重要ですけど」
ただ、そんなやり取りを通して、アリツィアはいつしかミロスワフに自分の気持ちをすべて打ち明けられるようになっていた。
家族よりも仕事相手よりも近い。
いつの間にか一番大事な人に。
「てか、のろけじゃん!」
カミルが叫んだがアリツィアは聞き流した。
「まあ、カミル様にはカミル様の事情がおありですよね。わたくしとしてはサンミエスク家に謝ることをお薦めしますが、無理にとは言いません。となると、無関係なわたくしをそろそろ送っていただけません?」
ここでアリツィアはカミルが頷くと思っていた。カミル自身、非を認めているし、なによりアリツィアを置いておくメリットがない。
だが、意外なことにカミルは申し訳なさそうにアリツィアを見つめた。
「最初はそのつもりだったんだよ? それがそうできなくなった」
「どうしてですの?」
「ミロスワフへの嫌がらせのつもりが、いつの間にか僕、気に入ってる、アリツィアを」
「わたくし?! なぜ?」
「話を聞いてたら、なんとなく」
「今までのやり取りのどこにそんな要素がありました?!」
「自分でもわからない。だけど、いいじゃん、ゆっくりしていけば?」
アリツィアはこの一連の出来事で初めて焦った。