16、たまねぎとかぶのスープ
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裏庭に出たアリツィアは、大きな水がめを見つけた。覗き込むと、汲んだばかりなのか綺麗な水が入っている。
「少し、分けてもらって……いいかしら」
独り言のようにそう断って、顔を洗った。ついでに、髪も濡らして簡単にまとめ直す。裏口から台所に入ると、召使用らしき服が置いてあった。それを借りてやっと一息ついた。
ーーでも服の持ち主は?
ホウキはあったが、クモが巣を張っていた。
これだけ好き勝手に動き回っても、誰にも出会わない。
しかし、それよりも今は。
「空腹ですわね」
アリツィアは、勝手ついてでに台所で簡単な朝食を作った。たまねぎとかぶのスープ。固いパンを見つけたのでそれを添える。台所のテーブルと椅子を借りて、食べ始めようとする。
「いただきます!」
バタン、とドアが開いてカミルが飛び込んできた。
「一人で食べるのかよ! そこは一声かけるんじゃないか?」
「カミル様、いたんですか」
「ていうか、僕の家だから」
アリツィアは笑う。
「なんの笑いだよ?」
アリツィアはあらためて立ち上がって淑女の礼をした。
「いろいろとありがとうございます、お水や服。用意してくださったんですね」
魔力なのか、単に気配を消しただけなのかはわからないが、アリツィアの様子を気にして、必要なものを揃えてくれたのだろう。アリツィアに直接聞けば早かっただろうに、それをしないのがこの魔力使いのひねくれたところだ。
案の定カミルは、嫌そうな顔をした。
「そこはわかっていても知らないふりしろよ」
ため息をついて向かいに座るカミルに、アリツィアは驚いた声を出す。
「あら、もしかして一緒に食べます? だったら用意しますけど」
「いやいや、その質問おかしくない? ここ僕の家だよね?」
「あ、お礼なら結構ですわ。わたくしも材料を勝手に使わせていただいたので」
「なんで僕がお礼を言うの」
「だから結構ですってば」
結局ふたりで朝食をとった。
食後、これもお礼のうちだからとアリツィアが食器を片付けていたら、カミルが突然聞いてきた。
「あんたなんで料理ができるのさ。クリヴァフ家は人を雇えないほど貧乏な貴族じゃないだろ」
手を動かしながらアリツィアは答える。
「うちはお母様が庶民出身なので、たまにお母様が手料理を振る舞う日がありましたの。わたくしもイヴォナも簡単な家事ならできますわ。一緒にいれたら、それ以上のことを教えてくれたでしょうね」
「今は一緒にいないの?」
「子供の頃、亡くなったんです。病気で」
思えば、身分の違う結婚をして、母も苦労しただろうか。料理を作るのは郷愁の表れだったのだろうか。
「もっと、もっと、いろいろ教えてほしかったって思うことだらけですわ」
「……あんたさ、ミロスワフと結婚するの?」
「あんたじゃありません。わたくしには、アリツィアという名前がちゃんとあります」
「今さらそれ?! まあいい……アリツィアはミロスワフと結婚すんのか?」
「昨日知り合ったばかりの人になんでそんなこと話さなきゃいけないんですか」
「聞いておいてその仕打ち?!」
「ていうか、わたくしまだ怒ってますからね? せっかくの舞踏会をめちゃくちゃにしたあなたに。どれほどの人の手間がかかってたと思うんです。何が目的か知りませんが、大魔力使いに一番近いと言われるカミル様ならもっと手際よくできたんじゃないですか」
舞踏会をめちゃくちゃにすること自体が目的かもしれないので、あえて手際の悪さも突いておいた。思った通り、年若い魔力使いは拗ねたように口を尖らせた。
「悪かった。確かにあん……アリツィアの言う通り思い付きで行動したし、舞踏会も派手にやり過ぎた」
素直に自分のしたことを認めて謝ったことに、驚いた。が、顔には出さずにアリツィアは付け足した。
「それはわたしではなくサンミエスク公爵家におっしゃることでしょう」
「それは嫌だ」
「なぜですの」
「言っただろ? 僕、ミロスワフ嫌いって」
「何がありましたの?」
「なんにも。なんとなくだよ。なんかね、嫌いなんだ」
それを聞いたアリツィアは。
「わからなくもないですわ。ミロスワフさまは無自覚に人を苛立たせるところがありますから」
未来の旦那様を、そう評価した。