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15、護符

 翌朝は晴天だった。
 いつもと同じくらいの陽の高さで目覚めたアリツィアは、思わず呟いた。
 
「あぁ……しんど」

 それなりに上等な寝具を使わせてもらったが、ドレスのまま寝てしまったことが、やはり熟睡を妨げた。
 さらに、ドロータが一生懸命付けてくれた乾燥花の髪飾りが、粉々に砕けて枕元に落ちている。

「あらあらあら……ごめんなさい」

 いろいろありすぎて外すのを忘れてしまったことを、今更ながら悔やんだ。

「ところでどうしましょうかね?」

 鏡がないのでよくわからないが、この分では綺麗に結い上げられた髪もひどい有様だろう。薄化粧だったとはいえ、顔も洗いたい。

「えーと、借りますわよ?」

 アリツィアは部屋に置かれていたあり合わせの布を拝借し、スカーフのように髪に巻いた。キョロキョロと辺りを見渡してから、部屋から出る。身なりを整えられる場所を探した。

「顔を洗う水と……できれば侍女が着るような簡単な服も借りれないかしら」

 カミル以外に住人はいないのか、誰とも行き合わないうちに、アリツィアは外に出てしまった。 

          ‡

 一方、そんなアリツィアの捜索は夜を徹して行われていた。
 スワヴォミルはクリヴァフ商会のありとあらゆる伝手を使い、カミルの行方を追っていた。ミロスワフも留学時の交流を辿った独自のルートで情報を収集している。何かわかる度にお互い、逐一報告することになっている。
 と、慌てたように、ミロスワフがクリヴァフ邸を訪れた。

「クリヴァフ伯爵っ!」
「なんだ」 

 スワヴォミルは振り向かずに聞く。ミロスワフもスワヴォミルも、お互い、一睡もしていないことがわかる充血した目と、乱れた髪をしていた。

「カミル・シュレイフタの隠れ家らしきものの場所がわかりました」
「なんだと」
「大学の知り合いが、そういえば、と古い記憶を思い出してくれました。王領の外れに拠点の一つがあるとのことです。私は今すぐ向かいます」
「確実か?」
「カミルは身内がいないようなので、魔力保持協会か、そこくらいしか身を寄せる場所はないようです」
「ふん、まあ、町の宿屋にはそれらしき人物が来たとの情報はないしな」
「すぐ行ってきます! また報告しますので」
「待て」

 もどかしそうに出て行こうとするミロスワフの背中に、スワヴォミルが声をかけた。

「その知り合いというのは、この騒動を引き起こした原因であるヘンリク・ヴィシュネヴェーツィキか?」
「それは……」

 ミロスワフは答えを躊躇った。だが、スワヴォミルは容赦ない。

「その情報が罠で、君が返り討ちに遭ったら、顔を合わすのがこれで最後だ。だから聞いている。君が何に巻き込まれとうと知ったこっちゃないが、アリツィアを取り戻すためになるなら、どんな情報でも置いていけ。アリツィアの無事な姿を私に必ず見せるために」

 ミロスワフは、決意の表情でスワヴォミルを見た。

「人払いを」
「ウーカフ、誰も近づけるな」
「はっ」

 二人きりになった部屋で、スワヴォミルはコツコツと指でテーブルを叩きながら言った。

「時間が惜しい。さっさと答えてもらおう。その魔力法学者とやらは、魔力保持協会と対立しており、カミルの目的は、その先生と繋がっている君だった。それでいいか?」
「私が目的なのかはまだわかりません。ただ、魔力保持協会が最近何かを企てていることは確かなようです。そのために、ヘンリク先生は護符を開発していたのです」
「なぜ護符なのだ? 魔力を使えばいいのではーーまさか」

 ミロスワフは頷いた。

「魔力のある者なら自分の身は自分で守れます。だけど、すべての者に魔力があるわけではない。ヘンリク先生は、魔力保持協会が庶民に害をなすことを心配しておりました」

 そんな馬鹿な、と言おうとして、スワヴォミルは思いとどまった。魔力保持協会がそんなことをするはずない、と言い切れなかったのだ。実際、舞踏会でカミルはその場にいる全員に影響する魔力を使っていた。許可を得て、と言いながら。
 どこの許可だ? それはもちろんカミルの所属するーー

「魔力保持協会は何を考えている?」
「わかりません。ただ……ヘンリク先生は、魔力があるという理由だけで貴族に権力が偏る傾向を憂いておりました」
「もしかして、君がその先生に近付いたのは、アリツィアのためか? 魔力のない我が娘をなんとかしたかったのか」
「初めはそれもありました。ただ、わかっていただきたいのは、ヘンリク先生も私も、私利私欲で動いてはないーークリヴァフ伯爵」

 ミロスワフの充血した目には、まだ力が宿っていた。

「あなたもそうではないですか? 魔力のない世界を、アリツィアやイヴォナ嬢のために作ろうとしているのではないですか。持って生まれた血筋と関係ない世界を」

 スワヴォミルは、答えなかった。ただ黙って、目の前の若者を見つめた。
 ミロスワフは一度も目を反らさなかった。

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