10、あぶり出し
「アリツィア! 怪我はないか!」
ミロスワフは叫びながら隣にいたアリツィアを抱き寄せた。
「わたくしは大丈夫ですわ……ミロスワフ様は」
爆発音はすぐに止んだが、立ち込める煙のせいで周囲がよく見えない。
「僕も大丈夫だ。しかし」
答えるミロスワフの横顔が溶け込みそうなくらい、不自然に濃い煙がフロア中に蔓延していた。まるで生きているかのように濃い青や紫に色を変えながら、煙はずっと漂っている。さっきまで聞こえていた音楽や話し声も聞こえない。
ーーもしかして、まさか。
アリツィアの不安を読んだかのように、ミロスワフが苦々しく呟いた。
「おそらく、魔力だ」
「なんてこと! 違反ではありませんか!」
ここヴィタルヴァ王国だけでなく、ほぼすべての国で、不特定多数に影響を与える魔力の使い方は禁じられている。混乱を招くからだ。
違反すると、国をまたいだ存在である魔力保持協会が、その国の王に罰則を言い渡す。自国の王に関わることなので、皆、きちんとその法を守っている。
そしてその法があるからこそ、庶民は安心して貴族と同じ国で生活できるのだ。なのに。
ーーそれを根底から覆す人物がここにいるってこと?
アリツィアは警戒を緩めずに、出来るだけそっとあたりを見渡した。
と、不意に煙が途切れた。
音もなく、静かに男が現れた。
「えっ!?」
「あ、驚かせた? でも違反じゃないよ」
どこか幼さを感じる笑顔で、男は笑った。
黒髪にグレーの瞳、上下とも真っ黒な服装。そんな男を見て、ミロスワフは叫んだ。
「カミル! お前か!」
その名前を聞いてアリツィアもハッとした。以前、イヴォナが騒いでいたのだ。
「……カミル・シュレイフタ様?
「あ、知ってる? 僕のこと。嬉しいな」
若手の中で一番の実力者と名高いカミル・シュレイフタがまさかこんなに若かったとは。
「若いと思っているんでしょう?」
考えを読んだかのようにカミルが言う。
「みんな同じこと言うんだよね。若いですね、いくつですかって。飛び級したから余計話がややこしくってさ。そこのミロスワフと同じ学校だったこともあったんだけど、僕の方が先に卒業しちゃって。学年は上だけど、年はまだ16。つまり優秀ってことだよね」
「そんなことはどうでもいい。カミル、どういうことだ」
聞きながらも、ミロスワフはアリツィアを抱く手を緩めない。
ーーミロスワフ様がここまで警戒する相手なんだわ。
見た目で判断してはいけないということだ。カミルは軽く答える。
「だから魔力使いなら、違反じゃないってこと。魔力保持協会がそう決めていることくらい、知ってるでしょ?」
「しかし、ここまでの魔力を行使するにはそれなりの理由がいるはずだ」
「あー、理由? 理由は」
カミルはさっと空中に手を伸ばし、戻した。
「理由はあぶり出し」
「あぶり出し?」
その一瞬で、カミルはさっきまでいなかった女性を背中から抱きかかえるように立っていた。
その顔を見たアリツィアは身を乗り出して叫んだ。
「イヴォナ!」