仮
「ではわたくしと結婚しましょう」
それはわたしの目の前にいる女の子から聞こえてきた言葉だった。
「……はい」
わたしは言葉の意味を全く理解せず、無意識にそう答えてしまった。
「ああ、断られなくて良かったですわ」
緊張がとけたようににこっと笑い、うれしそうに言うと陽菜さんはわたしにギュッと抱きついてきた。
「では婚約ということで、大学を卒業したら結婚しましょう」
そこでわたしはようやく我に返る。
「え?え、えっと、ちょ、ちょっと待ってください!」
わたしは抱きついている陽菜さんを引き剝がす。
(け、結婚ってどういうこと!?)
「け、結婚ってどういうこと!?」
そのまま口にでていた。
「どうもなにも、言葉そのままの意味ですわよ?」
「そういうことではなく! ど、どうしてわたしが陽菜さんと結婚することになるんですか!?」
「彩花さんのことが好きだからです」
「…………!!」
わたしは人生で初めて向けられた好意にキュンとしてしまった。
(って!!キュンとしてる場合じゃない!!しかも女の子同士だし!!落ち着け、わたし)
「その、わたしたち今日会ったばかりですよね? 陽菜さんがわたしを好きになるなんて…… ありえないと思うんですけど……」
「わたくしのこと覚えていませんか?」
「え?」
急にそう真剣な様子で聞かれ驚く。
「わたくしたち、昔会ったことがあるんです」
「えええ?」
わたしは少し考え込む。
(桜羽陽菜…… どこかで聞いたことのある名前のような気もするけど…… 同級生にそんな名前の人いなかったと思うし…… うーーん…… だめだ、思い出せない……)
「ごめんなさい、覚えてないです……」
「そうですか……」
陽菜さんは少し悲しそうだった。
「まあ、いいですわ。わたくしたち結婚するんですもの」
(忘れてた!そういえば結婚の話だった! 『本当は今すぐ結婚なんて無理です、ごめんなさい!』って言いたいけど、なんか陽菜さんすごい本気の目してるし……)
「い、いやあ、でもわたし女ですし…… 結婚できないですよー、あはは……」
「あら、そんなことを気にしていましたの?大丈夫ですわよ。外国では女性同士でも結婚できますのよ」
わたしは安易に「はい」と答えてしまったことに後悔した。
「なんと言われても今度こそ離す気はありませんわよ?」
「えええええ?」
(ん?今度こそ?)
「それに彩花さんが結婚に承諾した証拠もありますわよ」
そういうと陽菜さんはポケットからボイスレコーダーを取り出した。
「録音してたんですか!?」
「はい」
(意外とずる賢い!! でもどうしよう…… 逃げられない……)
そこでわたしは一つの案を思いつく。
「じ、じゃあ仮結婚ってことでどうですか!?」
「仮結婚?」
「そうです!! もしかしたらわたしすっごい性格悪いかもしれないですよ!?それに陽菜さんのことまだ何も知りませんし!!お互いのことを知る期間が必要だと思うんです!!陽菜さんももっと好きになる人ができるかもしれませんし!!」
往生際が悪いのは自分でもわかっていたが、わたしにはこれしか相手を傷つけず、結婚を避ける方法が見つからなかった。
「…………彩花さんがそういうなら……、わかりました。期間はどれくらいですか?」
(期間…… 考えてなかった…… 短すぎてもだめだし、長すぎてもだめだよね? うーん。よし!)
「一年間でどうですか?」
「一年間ですね…… わかりました。ではこれからよろしくお願いしますね、彩花さん」
「は、はい」
「では、また明日。さようなら」
そう笑顔で言うと陽菜さんは帰って行った。
「……とりあえずわたしも帰るか」