身代わりの婚約者
夜明け前、王宮の裏門に、ひっそりと馬車が待っていた。
そこで、栗色の髪の女性は人を待っていた。
そこに、王宮の裏口から息を切らして走ってくる金髪の女性がいた。
「エリザベス様!遅れてすみません」
エリザベス、と呼ばれた女性は顔をあげ、彼女の名を呼んだ。
「アリーチェ様!大丈夫ですわ」
「簡単な挨拶しかできずごめんなさい。魔道士様、お願いします」
近くに控えていた魔道士は、呪文を詠唱し、2人の容姿を入れ替える。
「さ、エリザベス様、王太子様に気づかれる前に、王宮にお戻りください」
「アリーチェ様。…ですが」
「私の見送りは大丈夫です。また機会があれば会えるはず」
「お嬢さま…」
「心配しないで、カミラ。私は大丈夫。王太子妃様のこと、よろしくね」
暗闇の中、静かに出発した馬車は、逃げるように王宮を後にした。
アリーチェは既に行き先を決めていた。国外を出ることは#契約事項__・__#だったので、なお都合が良かった。
馬車を降りて船に乗り換えた後、アリーチェは鐘の音を聞いた。
**************
カラーン、カラーン
遠くで教会の鐘が鳴っているのが聞こえる。
雲一つない晴天に恵まれ、今日は結婚式日和だ。
「ご結婚、おめでとうございます。どうかお幸せに」
私は先程出港した船の中から、この国の王太子と王太子妃の結婚式のお祝いの言葉をつぶやいた。
…エリザベス様は大丈夫かしら。
今更であるがとても心配である。
もし王太子が気づいたらどうしよう。
公爵家やうちは国家反逆罪で、いや、王室侮辱罪で逮捕・指名手配されるのだろうか…。
そ、それだけは避けたい…。
エリザベス様、どうか頑張ってください!
王太子に特別な思いがないわけはない。むしろ13年も一緒に過ごしていれば、思いは育ってしまうものだと思う。
私が彼の婚約者の身代わりとして王宮に連れてこられたのは、5歳の誕生日を迎えてすぐのことだった。
全ては、本当の婚約者である公爵令嬢を守るため。
没落寸前の我が家は、彼らにとって都合がよかったのだ。
公爵は自分の娘の成婚までの期間、私に身代わりを求め、対価として領地や実家の資金援助を申し立ててきた。
子どもには心配させまいと、両親や数少ない使用人たちは明るく振る舞っていたが、自分の家の経済状況が悪いことくらい、なんとなく察していた。明日の食糧の心配をする両親たちを助けたかった。
公爵の申し出に、両親は考えさせてくれと伝えたが、私に考える必要はなかった。
「父様、私この申し出受けます」
「アリーチェ!…しかし」
「私は大丈夫です。いざとなれば護身術で戦いますから」
簡単にまとめると、作戦はこうだ。
1.あらかじめ本物のエリザベス嬢と容姿の交換を行う
2.王宮で13年間王太子と共に過ごし、王妃教育を受ける
3.成婚当日の夜明け前に、エリザベス嬢と再度容姿の交換を行い、国外脱出(私は国際結婚して国外在住ということにするらしい)
大人たちの間で記憶操作の話も出たが、まだ子どもの柔らかい脳に記憶操作の魔法をかけたらデメリットしかないとして、話は白紙になった。
入れ替わり作戦を実行するにあたって、内容調整後、公爵家と誓約を交わした。
これで向こうの都合で約束を反故にされることもない。
誓約という安心材料を得たこともあり、双方納得のいく(こちら側は主に私が)契約になったと思う。
そうして、王太子殿下との対面の日を迎えた。
結果を先に伝えると、失敗した。
言い訳をするならば、何度やっても、誰であっても失敗すると思う。
王太子は人嫌いだった。たった1人を除いて。
それは王太后様。
王太子の母后様は既に亡くなられていて、王太后様が王太子の母親がわりで育てておられるという。
この国では、性別に関係なく生まれた順番で継承権が与えられる。
だから、陛下の妃になって子どもを産んだ後は、母親の実家の家門の後押しはあんまり関係ない。
そして、王太子は陛下をも憎んでいるみたいだった。
まあ、それは理解できる。「英雄色を好む」なんて言葉もあるけど、後宮は側室でいっぱい。もう、誰が大切かなんてわからない。それに、みんなが陛下の寵を望むから、争いが絶えない。
でも、将来的にエリザベス様との成婚は決まっているものだし、一緒に国を作っていくんだから、信頼関係も必要だ。
それに、今も未来の臣下との信頼づくりや、幅広い交友関係づくり、陛下になる以上は、人付き合いは通れぬ道。
この機会に人嫌いを克服してもらわないと!
その前にまずは私が味方だということを知ってもらわないといけないんだよね…。
そのためにまずするべきことは…。
「おはつにお目にかかります。エリザベスともうします」
「まあ、可愛らしいこと。あなたがランスロットの未来のお嫁さんね」
「はい!」
「会いに来てくれて嬉しいわ。知っていると思うけど、私はマーガレット。ランスロットのおばあちゃんよ」
「よろしくお願いします」
すると、王太后様は私の耳にこっそりと囁いた。
「あなたの事情は知っているわ。王宮に1人で大変でしょう。ここにはいつでも遊びにいらっしゃい」
「!」
王太后様は悪戯っぽくウインクをして、何か言いかけたとき、そこに王太子がやってきた。
「おばあ様!散歩の時間で…」
元気よく入ってきたと思ったら、私を見つけた瞬間不機嫌になった。
「まあランスロット。いらっしゃい。ちょうどあなたの未来のお嫁さんが来てるわよ?」
ランスロットの表情の変化は気にせず、普通に話しかける。
「私はよめなどいりません!」
そんなことを言ってたけど、後で王太后様が教えてくれた。本当はどんな子が来るのか気になってたんだって。
王太后様が、事前に私のイメージアップを図ってくれたらしく。そのおかげだと思われる。
まあ、顔合わせはああ終わったけど…。
王太后様が私たちの仲を取り持ってくれたお陰で、少しずつ仲良くなっていったと思う。
王宮で、季節を7回繰り返した次の年。
王太后様が亡くなられた。侍医のお爺ちゃんによると、老衰とのこと。
王太后様の生前の意向で、葬儀は慎ましく済ませられた。
王太后様が亡くなられて一番心配したのは王太子のこと。
王太子はやはり王太后様を失った悲しみに明け暮れていた。
私は殿下の隣に座って、ただ、彼の心の整理ができるのを待った。
ポツリ、と王太子が零した。
「おばあ様は、ふうふは二人でひとつと言っていた。」
「お前は、俺の妃になるんだろう?俺のものなんだろう?」
「俺の、そばにいてくれないか」
「……はい」
王太后様がなくなられてから、私と王太子の距離はより近くなった。
私は、残りの期間を王太子の人脈作りに徹した。
私がいなくなっても、作り上げた人脈が彼を助けてくれるように。
私がいなくなった後のことが心配だった。
エリザベス様とのこと、陛下との確執。でも、私にできることはちっぽけで…。
けれども着実に約束の期限は近づきつつあった。
そして、ようやく訪れた成婚前日。
いつものように、いや、いつもよりもずっと早く床に着き寝ていた。
気づくと、目の前に王太子がいて、私を見つめていた。もう既に寝てたから押し倒されてはいないんだけど…。ベッドにドンされてると言えばわかってもらえるだろうか。
夢だと思った。
本当の王太子はもう自分の部屋で寝ていて、これは、私の十数年間の王太子への溜まりまくった、我慢しまくった思いが爆発して見せた夢なんだと。
「…ん、殿下?どうなされたの?明日は早いから早く寝ましょう?」
とりあえず声をかけてみるものの、私の望んだ夢だからか、王太子からは返事はなく、しばらく見つめ合って、そして彼の顔が降りてきた。
やさしく顔中にキスされる。
「んんぅ⁈…でん…」
待って!と抗議しようとすると、話す隙も与えず、またキスが降ってくる。しかも口が開けば舌が入ってくる始末。私は自分の変態な妄想
夢なのに脳が酸素不足で、ぼうっとする。でもキスは止まない。
心臓がドクドクと脈打ち、体温が上がっていくのを感じた。暑くなってきて、服を脱がされた。優しかったキスも激しく求めるものになっていって…。
だんだん、キスの範囲が広くなって、耳や首筋、腕、胸、お臍、足…。いろんなところにキスの雨が降ってくる。
彼は明日、別の人と結婚する。本当の婚約者と。
それなのに、夢であっても私とこんなこと、していいはずない。
「殿下、明日にしましょう?今日はもう寝ないと…」
明日の朝には、この国を発つ予定だ。
彼が起きる前に起きて、本当のエリザベス様と交代しなければならないのに。
「考え事とは…っ随分と、余裕だな」
ハァハァと彼の荒い息遣いに我にかえる。
途端に彼の指が私の孔に触れた。
「あっ!いやぁっ、だめっ」
ショーツの上から優しく撫でられ、もどかしい刺激に、どうかなってしまいそう。
「おまえのかわいらしい下の口にもキスしてあげよう」
「あぁっ、で…んか、やめ…」
刹那、身体中に電気が走ったような快感が弾けた。
王太子に触れられたところ、ビリビリと甘く痺れて、変だ。
「これ以上は、もう…」
そばにあった布団で身体を隠そうとすると、彼にとりあげられてしまった。
気づくと、彼は真剣な目をして言った。
「リズ、好きだ」
私はなんだか、その珍しい姿が逆に可笑しくて。フフッと笑いながら答えた。
「知ってます」
だって、それは王太后様にも向けられてた、家族への親愛だから。
何故か不安そうに、彼はまた問う。
「お前は、俺のこと、好きか?」
「ええ。大好きですよ」
「リズ、おまえとひとつになりたい…」
真剣な、それでいて獲物を狙う獣のような瞳。
「何言ってるんです?明日にはあなたのものになるのに」
本当のエリザベス様が、ね。
「だから今日だけ、我慢して寝ましょう?」と言おうとしたら、彼は駄々をこねる子どもみたいに「今日じゃないとだめなんだ!」と仕切りに行為に及ぼうとする。
「殿下、まっ…あうっ」
シーツに縫い付けられたみたいに、上から彼の体重で身体を固定され、私の中に彼のモノがゆっくりと入ってきた。
いきなり胎内に入ってきたモノに、私は混乱した。
下腹部の痛みに、私の脳内は警告している。
「痛っ…」
ピリっとした痛みに、声が出る。
彼はハッとして、
「リズっ、すまない。だが、お前が一人でどこかに行ってしまいそうで…不安なんだ。やさしくする。お前を傷つけたくない。」
彼が私の涙を拭って、やさしくキスをする。
「んんぅ…。」
「リズ、痛いのか?」
「でんかっ、ぬいてくださっ…あぁっ」
彼は、私の様子を見ながらゆっくり進んできたかと思ったら、後退して、また進んで…まるで波のよう。けれど、着実に前には進んでいる。お腹の中が異物で広げられていく未知の感覚に、私は無意識に逃げ腰になっていたようで…。
「リズ。大丈夫だ、もう少しだから、一緒に頑張ろうな」
優しい声に安心するものの、彼のモノはどんどん中に入ってきて…。心の中ではえもいわれぬ恐怖とせめぎ合っている。
やがて、トンッとなにかにぶつかった。
それが子宮口だとわかるまで、時間がかかった。
ただ、なぜか彼は嬉しそうで…。
「リズ、全部入った…」
「ふえっ…?」
それじゃ、もう終わり?もう、寝れる?
少し気が緩んだからなのだろうか。また、お腹がひどく甘く疼いた。
どうして…?
刹那、彼が呻く。
「っリズ、そんなに締め付けられると、出るっ」
「えっ…?」
瞬間、温かいものがお腹に広がって…。
カリキュラムになかった閨の話を少ししてくれた女官長の言いつけを思い出したがもう遅い。
「殿下。いやっ、抜いて!赤ちゃん…できちゃ…
ああっ」
彼を両手で押し返そうとしても、力では敵わない。
理性を無くしたみたいに、彼が私のお腹の中をかき混ぜはじめた。
痛みよりも快感が私の脳を支配して、何も考えられなくなってしまう。
ただ目の前の男が好きだってこと以外、忘れてしまいそう。
「リズ、リズっ。好きだ!好き!…愛してる」
「あっ、で…んか。ランス、ロットさ、ま…わたくしも…すきで…す」
私の中で、彼のモノが膨れた気がした。
それからの夢ははよく覚えていない。
私は夜明け前に目を覚ますと、彼はいなくて、やっぱり夢だったのか、と安堵と残念と思う気持ちに板挟みになりながら、細心の注意を払ってその部屋を後にした。
当初の予定通り、私は本当のエリザベス様と合流し、互いに容姿を返却し、裏門の馬車で朝一に出港する船乗り場まで向かった。
それからは皆さんご存知の通りである。
無事成婚は成され、私は国外へ出港。
全てが元通りに収まった。…と思っていたのは、この時私だけなのであった。