塵は積もって……
「……はぁ~。ちょっと休んで良いよな? よし。休むぞ!」
取引を終えて俺の部屋に全員で戻ると、俺は盛大に息を吐きだしてそのままベッドにダイブする。肉体的疲労よりもそれ以上に精神的疲労がドッと来た。
顔だけ動かして皆を見ると、それぞれ疲れたようで思い思いの体勢で休んでいる。だが、その表情は疲れだけではなく僅かな興奮も見て取れた。
「なぁジューネ。これって夢じゃないよな?」
「現実ですとも。なんならほっぺでも抓りましょうか? ……アシュが」
「勘弁してくれ。アシュさんにやられたら赤くなるじゃ済まない」
「……なら、私が試してあげましょうか?」
「どうせまた風弾を撃ち込んだりするんだろ? ごめんだね」
「じゃあ、私が抓られる?」
「何でそうなるの!? というより子供をいじめているみたいになるから却下な」
そんな事を言いあっていると、ずっと服の中に居たボジョが俺の頬を触手でビンタする。痛い痛い。……だが、夢じゃなさそうだ。
「夢じゃないって事は、これも本物なんだよな」
俺は都市長さんから受け取ったアルミニウムの代金を取り出す。それは銀貨とはまた違う白い輝きを放つ一枚の硬貨。
俺はその輝きを知っている。それは以前イザスタさんが牢獄から俺を出所させる為にディラン看守に支払った物。たった一枚で百万デンの価値を持つ硬貨。……白貨だった。
「間違いなく白貨です。今回は久々に大口の取引でした」
ジューネが少し疲れた顔をしながらそう言った。取引は都市長さんに追加でアルミニウム十キロを渡すという事で話がついたのだ。
一円玉が一枚一グラムであると考えると単純に一万枚。なので数日何度かに分けて渡すという形を取った。まあこれには一度に出せる量を誤魔化すという狙いもあるのだが。
百万デンというのはアルミニウム全体の金額だ。ちなみにこれにはこの取引の口止め料と、都市長の目的を突っ込んで聞かなかった分も含まれている。
「ただ、都市長様以外にアルミニウムを売らないという縛りがついたのは痛かったですね」
「市場の混乱とか色々言われたら仕方ないさ。それにごく少量なら問題ないとも言われたし、あくまで商人ギルドなんかの大きな物流に乗せるなってだけだよ」
そこでふと大葉の事を思い出した。彼女ならアルミニウム製の道具も出せるだろうけど、能力的に大量に出すとは思えない。ジュースの空き缶くらいだろう。一応次会ったら言っておくけどな。
「しかし百万デンかぁ。一気にちょっとした金持ちになったな」
「トキヒサ。お金持ちなの?」
セプトが前髪の隙間からジッとこちらを見ている。一瞬自分で自分を買い戻せると期待したのかと思ったが、その目に映ったのは期待や喜びというより、どこか諦観のようでもあった。
「そうですねぇ。暮らしぶりにもよりますが数年は普通に暮らせる金額です。トキヒサさんの目的はイザスタさんとの合流でしたよね? これだけあれば問題ないのでは?」
「まあな。あとは早く指輪を解呪して、上手く売り払えれば目標額も見えてくる。諸々返す分の借金もあるから先は長そうだけどな」
イザスタさんから借りた分や、セプトがある程度自立できるようになるまでの資金。エプリに支払う分や次の町への交通費に滞在費。そもそも課題の一千万デンにはまだ届かない。……そうだ!
「じゃあ金も入ったし、今の内に払える分は払っておくとするか。まずはジューネとアシュさんの分な」
「待ってました! 今回は苦労しましたからね。その分上乗せしてくれると嬉しいのですが」
「あんまり欲張りすぎないようにな。雇い主様よ」
「分かっていますとも」
アシュさんに諫められるジューネを横目に、俺は白貨を貯金箱で換金すると代わりに金貨三枚を取り出してジューネに差し出す。それを見るとジューネは少し驚いたような顔をした。
「上乗せとは言いましたが、ちょっとこれは出しすぎでは?」
「ジューネの口出しによって増えた利益の一割だろ? ジューネがいなかったら都市長さんが何か思惑があるって事は分からなかっただろうし、その分の口止め料とか値上げ交渉とかを考えると多分二十万デンくらい上がってると思う。だからその一割で二万デン。それに上乗せで一万加えて三万デン。何か間違ってるか?」
「上乗せしすぎですっ! 私としてはこう銀貨数十枚くらいを考えていたんですって! 大金を手にして金銭感覚がおかしくなったんですかまったく!」
まああながち間違っていないかもな。一千万というのはそれだけの大金だ。“相棒”だったらこれくらい平気なんだけどな。
しかし、これから課題で一億円を稼がなきゃならないのに、一千万でこんな調子でどうするのかって話だ。これから大金を持つ事に慣れておく必要がある。という訳でジューネに払う分を奮発したのにこんな時に限って謙遜するんじゃないよ。
結局ジューネに払う分は二万デン。そして上乗せ分としてアシュさんに五千デン払うという事で決着した。アシュさんがいたからこそ都市長さんも嘘が吐けなかったという話だし、それくらいの活躍はしている筈だ。そういう流れにするとジューネも素直に受け取った。
さて、次はエプリの分だけど、何故か僅かに怒ったような顔でこちらを見ている。俺なんかしたかな?
「じゃ、じゃあ次はエプリに今まで溜まっている」
「……トキヒサ。ちょっと来て」
代金を払おうと言おうとしたら、突然エプリに腕を掴まれて強い力で引っ張られる。
「少しトキヒサを借りるわ。……セプトも来て。言われなくてもついてくるでしょうけど」
エプリはそう言い残すと俺を連れて部屋の外に出る。あとからセプトも部屋を出ると、エプリはそのまま扉を閉めて俺をフード越しでも分かるような鋭い視線で見据える。
「……あのね。トキヒサは本当に帰る気があるの? 帰る為に少しでも金が必要なんじゃなかったの!? なのにこんなに景気よく金を支払って」
「分かってるよ。ただこういう時はしっかり払っておかないと後々に響くんだって」
「それに今回金が入らなかったとしても、それとは別に支払う分を貯めているわね? 屋敷の使用人に頼んで簡単な仕事を回してもらって。……違う?」
「えっ!? バレてたのか?」
「当然ね。片手間で出来るような簡単な仕事ばかりで代金も子供の駄賃程度のようだったけど。……考える事は皆一緒か」
資源回収でそこそこ稼げているけど長くは続かない。夜中に皆が眠った後、少しでも他の収入を得ようと模索していたのだ。簡単な物の仕分けとか。
まあそんなに稼げてなくて、一日に銀貨一、二枚くらいの儲けだけどな。塵も積もれば山になるってやつだ。だけど、考えることは皆一緒って……。
「まったく。……まさか私の分も多めに渡そうとか思ってないわよね?」
「そんなまさか……どうしてバレた?」
長く待たせたから利子を付けようと思ったのだが、こっちも普通に読まれてました。
「だろうと思ったわ。……あくまでこれまでの分と、これから解呪師の所に行くまでの分で良いからね。……上乗せは自分でその分働いたと思った時に別途で請求するから」
「その拘りがよく分からないんだよな。まあ良いけど」
俺はエプリにこれまでの分とこれからしばらく雇う分の前渡し。以前使った道具の経費等で三万デンを支払う。解呪師に会うまで時間がかかるようであればまた追加で払う事になりそうだ。
「これでエプリの分も終了っと。あとはセプトとボジョの分だな」
「私達の、分?」
セプトが不思議そうな顔をする。そして、今まで服の中で静かにしていたボジョも触手をにょろりと伸ばしてこちらに向ける。
「ああ。セプトは自分を奴隷のままで良い、奴隷としてしか生きられないって言うけどな。それはそれとして給料を払う必要があると考えていたんだ。細かい取り決めは出来てないけどよく働いてくれているのに変わりはないからな。それに今は目的が見つからないかもだけど、いざその時になったら先立つ物が必要になるだろ? だから渡しておく」
「でも」
「良いから。それにこれだって余裕が有るから出来るだけだしな。余裕が無くなったらまたケチりだすかもしれないし。今の内に取っとけって」
まだセプトは悩んでいたようだが、強引に銀貨を十枚握らせる。他の人に比べて少なめなのは、これ以上だと頑として受け取らない可能性があるからだ。
それとボジョにも同じく銀貨を渡そうとしたのだが、考えてみるとボジョは金を貰っても使えるのだろうか? まあ賢いのは間違いないし、もしかしたら使えるかもしれない。試しに銀貨を十枚手渡してみると、普通に触手に巻き込んで持っていった。
「だから、渡しすぎだって言っているでしょうにっ!」
「これも必要な事なんだって!」
エプリにまた怒られた。これ以上怒らすと風弾が飛んできそうで怖い。しかしこっちもこれからの円満な関係の為に必要だと思うから渡しているので勘弁してほしい。
「お帰りなさい。お早いお帰りで」
「ただいま。これ以上長引いたら本気でキツいので帰ってきたよ」
エプリにこってり絞られ、ついでにセプトにももっと奴隷らしく扱えと言われてから部屋に戻るなり、ジューネがそんな事を言ってきたのでこっちも軽口風に返す。長引いたらキツいというのは本当だが。
「ハハッ。エプリの嬢ちゃんに説教でもされたか? それとも愛の告白か?」
「説教の方ですよ。何ですか愛の告白って?」
ジューネに続いてアシュさんまで大葉みたいな事を言いだした。エプリが俺に告白なんてそんなことあるわけないだろうに。……そうだ。忘れる所だった。
「そう言えば二人共。明日の予定はどうなってますか? 良ければ午後からの資源回収にまた付き合ってほしいんですが。会わせたい人もいるし」
「明日ですか? う~ん。リュックの整備も終わったし、昨日の夫人との取引は少し先だし……はい。空いてますね。トキヒサさんが会わせたいとなると……また儲け話の匂いがしますね。楽しみです」
ジューネは意外に乗り気だ。予定があるとかなら無理に誘う必要もないと考えていたけど、これなら大丈夫そうだな。だが、
「あ~悪い。明日は午後からちょっと都市長殿に呼ばれててな。俺は別行動になる」
「アシュ。いつの間にそんな約束を?」
「さっき俺だけ呼ばれてたろ。その時にな。前の雇い主だし色々と積もる話もあるんだよ」
確かに時々アシュさんは都市長さんと話しているな。以前ここに厄介になっていたというし、そういう縁もあるのだろう。しかし予定があるのか。
「そうじゃあ仕方ないですね。ではジューネはちょっと付き合ってくれ。多分お前好みの儲け話に繋がると思う」
「それは良いですね。ですが、まずは夕食後の勉強会の事も考えてくださいよ。今日は上手く文字にして伝えられたから良かったですが、それは
「……そうね。なんとか読める程度にはなっていたけれど、お世辞にも綺麗とは言えなかったわね」
「うぐっ!? 仰る通りです……セプト。また今日の勉強会も一緒に頑張ろうな」
「うん。頑張る」
セプトは俺の言葉に素直にこくりと頷く。ええ子や。癒されるなぁ。
「セプトさんの方がトキヒサさんより筋が良いですよ。この調子ならすぐに読み書きが出来るようになるでしょうね」
「ボジョの方もね。スライムとは思えないくらいに器用なのよ。……もたもたしていると抜かれるかもしれないわね」
「ホントかよ!」
こんな身近にライバルだらけとは。負けてられない。早速勉強会に向けての予習復習を……という所で、扉をコンコンとノックする音が聞こえた。
「夕食のようだな。まあ何はともあれだ。まずは腹ごしらえをしてからでも遅くはないよな?」
その言葉と共に、ググ~っと部屋に腹の虫が鳴く音が響き渡る。名誉の為誰とは言わないでおくが、ヒントを言うと俺じゃない。
今日一日で色々な事があった。一円玉を売った事による一千万という大金の入手。ある程度まとまった金を手に入れ、これから出来る事の幅が広がるかもしれない。
にしても塵も積もれば山となると言うけど、都市長さんは一体大量のアルミニウムを何に使うつもりなのだろうか?
それに俺と同じ参加者かもしれない大葉鶫との出会い。大葉の『どこでもショッピング』は、ある意味ジューネにとって喉から手が出るほど欲しい加護だろう。商人ならこの能力にどれほどの価値があるか分からない筈はない。
他にも諸々気になる事はあるけど、アシュさんの言う通りまずは夕食だ。誰かさんの催促もあったことだし、さっそく夕食をご馳走になりに行くとしますか!
現在の所持金 おおよそ(これまでの分も合わせて)百万デン
アンリエッタからの課題額 一千万デン
出所用にイザスタから借りた額 百万デン
エプリに払う報酬 この時点で完済
その他様々な人に助けられた分の謝礼 現在正確な値段付けが出来ず
合計必要額 一千百万デン+????
残り期限 三百四十三日
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これで第五章本編は終了となります。
次話からはまた閑話をしばらく書いた後次章という流れですね。
ここまでで面白いと感じた読者の方は、なんでも良いので反応を返して頂けると幸いです。